ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団の来日公演(10/20 東京オペラシティ・コンサートホール)の感想



先週(10/20 東京オペラシティ・コンサートホール)のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ率いるザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団の来日公演の感想です。

2011-10-20c

演目は前半シューマンの交響曲第4番、後半ブルックナーの交響曲第9番でしたが前半のシューマンは聴いていません。ホールに到着したのが開演30分ほど過ぎた時点だったからで、定時に仕事を終わらせられず開演に間に合わなかった不手際を悔やむばかりです。

したがって以下の感想は後半のブルックナーに関するものですが、それこそ10年に一回くらい出会えるかどうかというくらいの途方もなく素晴らしい演奏でした。その音楽の密度は充実の極みを行き、これまで何度となく耳にしたミスターS/読売日響のブルックナーの実演とひき比べても明らかに一回り上を行く水準でしたし、これはブルックナーを知悉し尽した指揮者と同じくブルックナーを知悉し尽したオーケストラ、このコンビだけが為し得る演奏としか言い様がありません。

そしてこの演奏を聴いて私がつくづく思い知らされたのが、ブルックナーの音楽というのは超現実的なまでの造形的・音響的・旋律的な美しさを湛えつつも、その美しさと相反するような超現実的な壮絶、凄絶、熾烈な側面をも不可分に具有する、そんな不条理な作品なのだということでした。

たとえば第1楽章の再現部冒頭、あたかも世界が崩れさるといわんばかりの激烈なアッチェレランドで再現されたメインテーマ、それに続いて再現された、静謐で神秘的な美しさに包まれたような第2主題、それに続いて再現された、静謐な神秘と凄絶な咆哮とが渾然一体となって奏でられた第3主題。ブルックナーのソナタ形式としての構造自体が内包するこういったアンビバレントな特性が、ミスターSならではの主観的なアプローチにより無上に鮮明にして鮮烈に浮き上がっていたこと、この事実に私は当夜もっとも激しい感動を覚えました。決して凄絶一辺倒でなく、かといって美しい一辺倒でもない、いわく分かち難い融合が音楽の中に必然的にある、こういう背反性が実は私がブルックナーの音楽に惹かれる要因のひとつにほかならないところ、当夜のミスターSの披歴したブルックナーでは、この背反的な音楽の特性が容赦なく描き切られていたという観点において、私が直近の10年で耳にしたどのブルックナーの実演よりも際立ったものがありました。

そして、それを遡ると結局11年前に奇しくも同じホールで耳にしたギュンター・ヴァント/北ドイツ放送交響楽団の来日公演で披瀝されたブルックナー9番まで行き着くことに気がつきました。この意味で私にとって当夜の演奏会は10年に一回くらい出会えるかどうかというくらいのブルックナーを耳にした希有な時間にほかなりませんでしたし、おそらく生涯忘れられないコンサートになるのではないかと思いました。

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