新国立劇場・ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」(10/2)の感想


先週の新国立劇場・ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」(10/2)の感想です。

2011-10-2c

マンリーコ役ヴァルテル・フラッカーロというと2008年の新国立劇場「トゥーランドット」でのカラフが思い出されますが、そのときは声量こそテオリン演じるトゥーランドットにやや押されている感がありましたが歌唱力は見事なもので、終盤のアリア「高慢な姫よ」でハイCを完璧に決めて貫禄を見せつけたのが印象に残っています。今回のマンリーコでも概ね同じような印象で、有名な第3幕「見よ恐ろしき炎を」で完璧に決められたハイCを含め、このドラマティック・テノールの難役を万全の歌唱力をもって最後まで歌い抜いた点は感服の一言でしたが、それだけに声量的に突き抜けたものがあればさぞかしとも思ってしまいました。

レオノーラ役タマール・イヴェーリというと2009年の新国立劇場「オテロ」でのデズデーモナが思い出されますが、このときはデズデーモナとして当初予定されていたヴェルディ・ソプラノのノルマ・ファンティーニの代役だったと記憶します。今回もレオノーラとして当初予定されていたタケシャ・メシェ・キザールの代役登板でしたが、一昨年のデズデーモナ同様今回もヴェルディ・ソプラノとしては少し小粒かなという印象で、その清潔感のある澄んだ美声ゆえの可憐なイメージは良く出ていたものの局面によってはもう少し声に強さが欲しい感もありました。

アズチェーナ役アンドレア・ウルブリッヒはここぞという時の声量が凄くて歌唱陣中随一というほどでしたが肝心の人格的表情が今一つ一本調子という域を出ず、時々セリフ棒読みのようなぶっきらぼうな歌い回しが聴かれたのには少々興ざめでした。アズチェーナは自分の産んだ子供を自分の手で焼き殺してしまったことから明らかに精神に異常を来たした人物ですが、そのあたりの常軌を逸した人格表現がもう少し踏み込んで描かれていたら尚よかったと思ってしまいました。

ルーナ伯爵役ヴィットリオ・ヴィテッリは本作の悪役としての人格表現、歌唱力、ここぞという時の声量というあたりのバランスが程よく取れていて揺るぎない安定感がありました。悪役としての人格といってもルーナ伯爵の場合は「オテロ」のイアーゴなどに比べれば相当うすっぺらい悪役的人格に過ぎませんが、与えられているアリアには第2幕の「運命の時は来た」を頂点として優れたものが多く、メイン級4人の中でもひときわ深い余韻の残る素晴らしい歌いっぷりでした。

ピエトロ・リッツォ指揮の東京フィルの演奏は全体的にタイトに引き締ったアンサンブル運用からイタリア・オペラの呼吸に則した適度な緩急強弱の起伏を明確に描き出したアプローチを披歴し、力感に富んだ強奏時の鳴り具合も上々、細かいフレーズの描き分けなどに画一感がなきにしもあらずでしたが、イタリア・オペラ特有のメリハリ感が良く表現されていた点などをはじめ終始安心して聴いていられるものでした。

演出に関しては擬人化された死を演じる役者を舞台上に配置した上で、その役者に全幕を通して「死」を演技させるという趣向が独創的でしたが、公演プログラム掲載の演出プラン解説によりますと「トロヴァトーレ」というオペラは人智を超えた存在として死がドラマを支配していて、最終的に死が全てを完結させる、という視点を強調したコンセプトのようです。このオペラは確かに主要キャスト4人のうち3人までが終幕の間際にドミノ倒しのようにバタバタと死んでいき、最後の一人が「俺だけが生きるのか?」と叫んで幕切れになるという形になっています。

そして、この「死」(を演じる役者)は例えば第1幕のラストでマンリーコがルーナ伯爵を切り殺そうとしたときに両者に割って入ってルーナ伯爵の命を救う(おそらくルーナ伯爵はまだ死ぬべき存在ではない、あるいは最終的に生き残ることが宿命づけられているということか)など、狂言回しというに留まらず全幕を通してドラマに積極的に介入していきます。

このオペラは筋立てに問題が多いことが古くから言われているところですが、演出家自身も演出プランの中で筋立てに問題があると遠まわしに認めているので、そのあたりを突き放して捉えた演出とも言えそうですが、その突拍子もない筋立てを「死」という人智を超えた存在が意図的に仕組んだものであるという風に再構成したあたりは確かに観ていて斬新でした。

もっとも、それだとアズチェーナの狂気を孕んだ異常な人格なども「死」に仕組まれたものとして帰着してしまったりなど、キャラクタ本来の持つ潜在的な人間の異常心理の刻印の度合いが希釈化されるという副作用があるようにも思えてしまいましたし、ひとつのコンセプトとしては面白いと思ったものの、結局はシナリオ自体の限界というか、どうにもならない側面をも一層ひき立たせたような気もしてしまいましたが、少なくともシナリオの脆弱性に何の手当てもしない有りきたりの演出よりは観ていてよほど面白かったのも事実ですし、そのオリジナリティ自体は正当に評価されて然るべき演出ではないかと思いました。

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