引き続きバイエルン国立歌劇場の来日公演・ワーグナー「ローエングリン」(9/25 NHKホール)の感想


昨日に引き続きバイエルン国立歌劇場の来日公演・ワーグナー「ローエングリン」(9/25 NHKホール)の感想ですが演出について思うところを書きます。

・・産業の目的は、金を儲けることだろう。だからそれにケチをつけるつもりは毛頭ない。勝手にどんどんやって、どんどん金を儲けてくれ。
 だが芸術の目的は、やはりそれとは違うだろうと思うのだ。娯楽産業と違って芸術は、真実を示すものでなくてはならない。この世界では愛が必ず勝つとは限らないことを、努力した善人が報われて幸福になるとは限らないことを、示すものでなくてはならない。・・・
 現代の演出家たちが、さまざまな工夫を凝らして、ワーグナー作品に救われないラストを用意したがるのも、それを敏感に感じ取っているからに他ならないだろう。ジャン=ピエール・ポネルはここバイロイトで、最後瀕死のトリスタンの許にやって来て、「イゾルデの愛の死」を歌って彼と運命を共にするイゾルデを、トリスタンが見た幻覚ということにして、トリスタンに救いのない死を与えた。ハリー・クプファーもまた、ラストに救済のテーマが出てこないドレスデン初稿を用い、オランダ人をゼンタの妄想の中の存在とすることで、誰も救われない「さまよえるオランダ人」を舞台に載せた。
 こうした演出を、作曲家の意図を歪めているとして忌み嫌う人もいるが、演出家たちは今の時代、元のままでは逆に感動を与えることができないと考えて、そうしているのだ。・・・
   深水 黎一郎「ジークフリートの剣」より引用

今回のバイエルン歌劇場「ローエングリン」のプロダクションは2009年にミュンヘンでプレミエ上演されたリチャード・ジョーンズの演出ということで、これはプレミエ当時かなり物議を醸したという話ですが、まずローエングリンは中世の騎士ではなくて流浪の大工、対してエルザは設計士としてバリバリ働くキャリアウーマンという設定で、最初ガランとしていた舞台上、ストーリーが進むにつれて一軒の家が新築されていき、それが第3幕冒頭で完成するも、例の禁問をエルザが発してしまったことにより、ローエングリンの手で燃やされてしまう、という趣向でした。

またローエングリンの人格の描かれ方にしても聖なる騎士というには程遠く、例えば第1幕ラストのテルラムントとの決闘シーンでは形勢が悪いとみるや、やにわに拳銃を取り出してズドン、第3幕のテルラムント殺害のシーンでも剣で向かってくるテルラムントを拳銃でズドンと、なんとも卑怯なものです。

これにより、まずローエングリンの「神聖な衣」を剥ぎ取るということに成功し、さらに物語全体を所謂「お伽話」のレベルから現実感のあるもの、いわば現代的な男女のドラマとして描き直すことにも成功し、その結果として「ローエングリン」としては一種の異様な現実感が舞台に載せられると同時に、その現実感ゆえに、そこに展開されるドラマに対して観客によっては身につまされるような物語として再構成されたり、身につまされることはないにせよ我々にとっての卑近な問題に思いを巡らせる契機を提供する、というようなことも可能性として十分にあり得る、そのあたりが本演出の狙いどころなのかなと私には観ていて思えました。

しかし残念ながらそこから先がない、というか、そこ止まりであるがゆえに、本当に優れたワーグナー演出を観た時に味わうような強烈な感銘を観た者に植え付けるというまでには至らないのではないか、という風にも思えてしまいました。

それでは私の考えるところの優れたワーグナー演出というものはどんなものだと問われた時に、その一例を示すとするなら、この記事の冒頭で引用した、小説「ジークフリートの剣 」の中で言及されているような演出コンセプトを挙げたいと思います。むろん人によっては異論を持たれるかもしれませんし、こういった動機付けが全てということでもないにせよ、ワーグナーのオペラに対し大胆な読み換えを行う演出家の演出上のインセンティブを考える上で傾聴に値する視点ではないかと思うからです。

そしてワーグナーのオペラにおいて所謂「優れた演出」というのは、そこに時として残酷な真実を投射することにより観た者に感動を与えるものである、とするなら、このリチャード・ジョーンズの大胆な読み換えは、大胆不敵な割りにそのあたりがぬるいというか、むしろ私には観ていて「ローエングリン」特有の救いの無さが戯画化されることにより緩和され、どこか微温的な後味を残すに留まったような印象さえ受けました。

もちろん私の感受性・想像力の乏しさゆえにそう思ってしまったのであって、この演出には本来もっと深く切実なものが秘められていたのに私が汲みとれなかっただけかもしれませんが(というか、その公算の方が大きいと思いますが)、少なくとも私としての印象は以上の通り、確かに斬新でユニークな趣向で、観ていて退屈はしませんでしたが、結局のところ今ひとつ余韻の弱い演出だったというのが率直なところでした。

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