バシュメットとムンチャンによるショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタ


ショスタコーヴィチ ヴィオラ・ソナタ
 バシュメット(va)、ムンチャン(pf)
 RCA 1991年 BVCC619
BVCC-619

先月、ユーリ・バシュメット率いるモスクワ・ソロイスツの来日公演を聴きに行きました。ヴィオラ独奏者として一時代を画したと言われる彼のソロはベテランの年齢に達した今もなお切れ味するどく、見事なものでした。

そのバシュメットとミハイル・ムンチャンの演奏によるショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタ作品147のCDを聴きました。バシュメットがCDデビューした時期の録音で、グリンカとロスラヴェツのヴィオラ・ソナタも併録されています。

先月バシュメットが披露したパガニーニのヴィオラ協奏曲の演奏は見事なものでしたが、それはやはりパガニーニであって、彼の本領とは少し位相がずれた地点での演奏ではないかと感じなくもなく、そこで彼の本領ともいうべき、このショスタコーヴィチの録音に耳を傾けてみたところ、その研ぎ澄まされたボウイングには先月のパガニーニとは一味ちがう凄絶な表出力が付帯されており、やはり同曲こそが彼の本領なのだなという印象を深めました(かつてバシュメットが西側に名声を轟かせた契機となったのも、リヒテルとの同曲のライヴ盤だった)。

とはいえ、このヴィオラ・ソナタは周知のようにショスタコーヴィチの絶筆、それも死の直前に完成された白鳥の歌ともいうべき作品で、この作曲家の最晩年の作風を思わせる哲学的な音楽の相貌がひときわ色濃く表出されているため、いわば作曲家が死の直前に辿り着いた、この曲の根底に横たわる思索の境地を窺い知ることは、バシュメットの切れ味するどい弾き回しをもってしても容易ではなく、本来とても気軽に聴けるような曲ではないのかもしれません。

ですが、このところ日本の政治家が国会を舞台に繰り広げている、ろくでもない駆け引きばかりの政争にウンザリさせられているときに、このような何の打算も虚飾もない透明な音楽を耳にすると、なんだか救われる思いです。このショスタコーヴィチの音楽は、彼らが繰り広げている見栄と私欲と保身のドラマから、なんと遠いことでしょうか。

コメント

 

コメント

 
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

Powered by FC2 Blog
Copyright © クラシックCD感想メモ All Rights Reserved.