読書間奏「東大生の論理―『理性』をめぐる教室」


「東大生の論理―『理性』をめぐる教室」
高橋 昌一郎 (著)
ちくま新書

T881

ちくま新書から発売された「東大生の論理―『理性』をめぐる教室」を読みました。

東大の教養学部(駒場での前期課程)で主に理科系の学生を対象とした記号論理学の講義を担当することになった著者が、その講義での学生の受け答え、あるいは提出レポートなどを材料に、東大生の思考における論理、考え方の志向性のようなものを考察することが本書のテーマとされています。

と同時に「講義のさわりの雰囲気を伝えるエッセイ集」として読んで欲しいと著者が述べているとおり、論理学の楽しさを分かりやすく読み手に伝えるという側面もあり、そちらの方がむしろ本書の醍醐味ではないかと思えます。社会心理学者ミリグラムの「スモールワールド仮説」、社会心理学の「腐ったリンゴ仮説」、社会的ジレンマの問題、ナッシュ均衡、パレートの法則、ベンサムの功利主義、ラッセルによる理性主義と神秘主義のイデオロギー、、、

とかく教条的で無味乾燥に陥りがちな学問ジャンルのエキサイティングな側面をエッセンスとして縦横無尽に抽出し、講義での学生との応答というリアルな媒介を介して、その「生きた面白さ」を読み手に分かりやすく伝えていく、いわば「哲学エッセイ」としての部分が滅法おもしろく、しかも分かりやすいので私のような哲学初心者でも一気に読み通せてしまいます。

それに対して本書の中心テーマとされている、東大生の思考における論理の考察に関しては、講義を通して著者が把握した学生の志向性に基づいて、分析力、適応力、洞察力、あるいは理解できたと納得するまで諦めない姿勢とか、正義感が強い、感受性が鋭くユーモアセンスがある、などの人並み以上に優れた「10の志向性」が列挙されていますが、このあたりも流石に論理学の専門家の著者が書かれているだけあって、全体的に理詰めですし、読んでいて納得させられてしまうものでした。

ただ読み終えて、ひとつだけ気になったのは、私が個人的によく知っている、ある東大卒の人物の持つ人柄と、本書で挙げられている「東大生の志向性」とが、どういうわけか随分と懸け離れているように思われた点でした。

その私が知っている人というのは、東大の理科一類に入学し、駒場での教養課程を経て本郷へ進学し機械工学を専攻、さらに大学院に進んで修士号を取ったそうです。その後は都内で普通に会社勤めをしていて、立身や出世などに取り立てて意欲を燃やすでもなく、地道に働きながら、余暇にはCDを人並みに聴いたり、コンサートやオペラなどにも人並みに足を運ぶような、要するに普通の生活を送っているような人で、人物としてみても普通そのもの、という印象しかなく、分析力、適応力、洞察力などが人並み以上に優れているようには到底おもえないような平凡な人物です。

しかし世間では東大を出ると出世が約束されているように思われているふしがあることから、そんな偏見とのギャップにより周囲から言われなき非難に見舞われることも時々あるとかいう話です。

そんなことから彼は夏目漱石の小説がとても好きなんだと言っています。立身や出世などとは縁のない東大卒がゴロゴロ出てくるからだそうです。それらのキャラクターに強いシンパシーを感じるし、ちょっと人事とは思えないとさえ思っているらしいですね。虞美人草が特に好きだと言っていたかな。

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