ガーディナー/イングリッシュ・バロック・ソロイスツによるモーツァルト交響曲第39番と「ジュピター」のカドガンホール・ライヴ



モーツァルト 交響曲第39番・第41番「ジュピター」
 ガーディナー/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
 ソリ・デオ・グローリア 2006年ライヴ SDG711

SDG711

ソリ・デオ・グローリアから先月リリースされた、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏による、モーツァルト交響曲第39番と第41番「ジュピター」のCDを聴きました。

これは2006年2月ロンドン、カドガン・ホールでのコンサートのライヴ録音ですが、このCDはもともと当該コンサートの聴衆のために当日ホールで限定販売された製品とのことで、当日のコンサート前半に収録された演奏が、そのコンサートの後半の演奏時間中にCDとしてプレスされ、コンサート終了後に聴衆に販売されたとのこと。こういうのはロック・コンサートでしばしば行われる方式だそうで、それをガーディナーが承諾して録音が実現したと、本CDのライナーに書かれています。

ガーディナーの手兵イングリッシュ・バロック・ソロイスツの最近の録音では、一昨年リリースされたバッハのブランデンブルク協奏曲全集での、アンサンブル奏者の自由度の重視されたような、独特の伸びやかな演奏様式に新鮮味を覚えましたが、今回のモーツァルトの2曲のシンフォニーでもやはりこのコンビならではのフレッシュな演奏が披歴されていました。

かつてガーディナーは同じオーケストラとモーツァルトの一連の後期交響曲をフィリップスにスタジオ録音していますが、それはシンフォニックなマス的インパクトで聴かせる「オーケストラとしての」演奏とは一味ちがう、器楽アンサンブルの集積体としての「ソロイスツ」としての演奏(イングリッシュ・バロック・ソロイスツは日本では「イギリス・バロック管弦楽団」と呼ばれるが、これだと「ソロイスツ」のニュアンスがイマイチ伝わらない気がする)としての趣きがユニークでしたが、ただその旧録音はピリオド楽器によるモーツァルト演奏の可能性を追究する真摯な姿勢に貫かれた、いささか生真面目と思えるくらいに格調の高い様式での演奏でした。

それが今回リリースのライヴ録音では全体的にアンサンブルを構成する個々の奏者の自発性が、モーツァルトの音楽性を損なわない限りで最大限に尊重されているという趣きが旧録音以上に強く感じられます。特に木管ソロの各フレージングのウィットネスが格段に向上されているのが印象的で、中でも第39番の第3楽章メヌエット(2:53)からのクラリネットの即興風フレージングなど遊びごころ満点ですし、各フレーズのニュアンスが豊かで、ここには聴いていて疑似的なコンチェルト・グロッソの趣きすら感じます。

これは編成を絞ったピリオド・アンサンブルの演奏だからというだけでなく、ガーディナーが意識的にそのような自由度を許容する行き方を採用しているためだと思われますが、それが奏功し、聴いていて実に面白味に富んだモーツァルト演奏に仕上がっている。これは名実ともに「ソロイスツ」としてのモーツァルト演奏ではないかと思えます。

モーツァルトの最晩年のシンフォニーというと押しも押されもせぬウィーン古典派を代表する作品という風に捉えられているところ、このガーディナーの演奏で聴くと、紛れもなくバロック期の音楽の延長線上に位置する音楽にほかならないことが意識される気がします。それが新鮮でした。

(2011年3月上旬・記)

コメント

 
こんにちは
東北関東大震災で被災した方のニュースなどで重苦し気もちが続く毎日ですが。ブログを読ませていただき、元気をもらいました。音楽は人に生きる力を与えてくれますね。特にモーツァルトの音楽は生きることの喜びを感じます。
ところで、公演が中止されていた新国立劇場のオペラも再開され、早速鑑賞に行きました。ブログに「バラの騎士」の感想を書きましたので読んでくださるとうれしいです。ブログになんでも結構ですから、コメントなどいただけると感謝です。

dezire様
ヒロチェリ様
タントリス様

コメントをいただき、まことに有難うございます。

個人的な事情により今日までブログ本体の更新を休止しておりました関係上コメントの方の返信も見合わせておりましたため、返信が大変に遅くなりました。お詫び致します。

ブログの方は明日(5/1)に再開する方針ですので、できましたら今後とも宜しくお願い致します。

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