読書間奏「物理学はこんなこともわからない」


「物理学はこんなこともわからない」 
川久保達之・著 PHPサイエンス・ワールド新書

    PHP-036

・・昭和の初め、物理学者で随筆家でもあった寺田寅彦は「映画の世界像」という随筆で映画のフィルムを逆回しにしたときに見られるような現象、たとえば、燃え尽きた灰が焔に変わって最後に白い紙になるような現象が実際には絶対に起こらないのはなぜか、という問題に言及しています。
・・。
 ここで「現象が不可逆的である」とは上のような意味です。普通の人にとっては当たり前のことで、バカバカしい疑問をもつものだと思うでしょう。しかし、物理学者がなぜこんな奇妙なことに興味をもつのかというと、ニュートンの運動法則にその理由があるようです。・・・

先月に発売されたPHPサイエンス・ワールド新書「物理学はこんなこともわからない」を読みました。物理学者の著者による、物理学に関するエッセイ集といった趣きの内容ですが、ここでは現代の物理学をもってしても完全には解明できない幾つかの問題が話題として取り上げられています。

現代の物理学でも解明できない問題と言われると、我々は例えば現代宇宙物理学におけるダークマター問題などの壮大なスケールの話題を連想しがちですが、本書で取り扱われているのはそういった壮大なトピックスではなく、むしろ我々の日常と隣り合わせともいうべき「身近な物理現象」に徹底的にこだわっている点が非常にユニークなところです。

まず、なぜ5メートルもの高さから飛び降りた猫は人間と違って怪我もせず無事なのかという話題から始まり、なぜ10メートル以上もの高さの樹木が地中からてっぺんまで水を吸い上げられるのか、なぜ磁石は肩こりに効くのか、など、いずれも我々が日常的に当たり前だと思っていることの中に実は未知の問題が潜んでいるという視点に基づいて、それぞれの現象が物理学的にどういう原理にのっとって生じるのかということが考察されています。

私は本書を書店で手に取って最初の方を少し読んでみた時に「これは何となく寺田寅彦のエッセイに似ている」と思って購入し、読んでみたところ、ついに最終章で寺田寅彦の名前が出てきて(上記引用部)、ああやっぱり!と思いました。

著者は本書の中で「日常当たり前だと思っていることのなかに問題があることに気づくことが大切な態度」と書いていますが、これは実は寺田寅彦の研究スタンスと軌を一にするもので、実際にも寺田寅彦のエッセイの中には例えば金平糖のツノが生まれるメカニズムとか、水の入った洗面器が振動して音が出るメカニズムとか、そういった身近な現象を究明せんとしたものが数多くあります。おそらく本書もそのようなスタンスで書きおろされたものではないかと読んでいて思いましたが、寺田寅彦の名前を見るにおよびそれを確信しました。

とくに面白いと思ったのが、浴槽や流しの吸い込み口から水が流れ出ていくときに渦ができる現象に関して、「北半球では浴槽の水は左巻きの渦をつくる」という俗説があり、それが本当か検証するというトピックス。そもそも渦が発生する原因として、まず地球の自転により生じる慣性力として知られる「コリオリ力」に着眼する。しかし実際に方程式を解いて検証を行ってみるとコリオリ力が有効に作用するには水流の速度が小さすぎるということが判明、そこで、さらに詳しく水槽実験と流体方程式に基づいた検証を行ってみる。結果、吸い込み口からの水の流出量が大きく粘性が小さいほど渦が出来やすいということまでは物理学的に究明されるが、渦の回りが左右がどちら向きになるのかは、初期条件や環境条件などの、いわゆる境界条件(と私は理解したが)により左右されるので、現在の物理学では予測が難しい(要するに非平衡系の相転移の問題なので)という結論が呈示されます。

このように、現在の物理学ではここまでは分かるがここからは分からない、というあたりの限界点が示されている点が本書の特徴で、けっこう思いもよらない未知の領域が日常の中にあるものだと読んでいて唸らされました。なんだか寺田エッセイの21世紀版を読んだみたいで面白かったです。

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