読書間奏「インフレーション宇宙論」


「インフレーション宇宙論」
佐藤勝彦・著 ブルーバックス

   B-1697

 私たちの住んでいるこの宇宙には、「はじまり」があったのだろうか? もし「はじまり」があったのなら、それはどのようなものだったのか? これらは、人類の歴史が始まった頃から問われつづけている問題です。かつては、これらの疑問に答えられるのは宗教や哲学しかないと考えられていました。あまりにも雲をつかむような話なので、科学では太刀打ちできないとされていたのです。
 しかし、いま、「科学の言葉」でこれらの疑問に答えることができる時代になってきています。宇宙の誕生や進化・構造について研究する学問分野である「宇宙論」が、この100年ほどの間に驚くほどの進歩を遂げたからです。・・

昨年の9月にブルーバックスから発売された新書「インフレーション宇宙論」を読みました。著者は以前ブログで取り上げたPHPサイエンス・ワールド新書「相対性理論から100年でわかったこと」の著者でもあり、宇宙の始まりを解明するための有力な理論「インフレーション理論」の提唱者である宇宙物理学者の佐藤勝彦教授です。

その「相対性理論から100年~」が発売されたのが昨年10月で、このブルーバックス「インフレーション宇宙論」と同じ時期です(なお、私はブルーバックスの方から先に読み、その後で「相対性理論から100年~」を読みました)が、同じなのは時期だけでなく、これら2つの本は実は内容的にも多くの部分で重なっていることが分かります。

「相対性理論から100年~」の方はタイトルの通り直近100年の間の現代物理学の歩みとして相対性理論、量子論、素粒子論、宇宙論という4つのジャンルにつき万遍なく取り上げた構成だったのに対し、その最後の宇宙論に焦点を絞って取り上げられているのが、こちらの「インフレーション宇宙論」ということになります。しかし宇宙論に焦点が絞られていても、その宇宙論の構築の土台となっているのが相対性理論や量子論、素粒子論である以上、これらのジャンルも必然的に本書で参照されることになります。

そういうわけで、本書はちょうど「相対性理論から100年~」の続編的な位置づけになると思われます。現代物理学100年の歩みを踏まえたうえで、最先端の宇宙論がどのような展開を示しているかが、著者独特の簡にして要を得た筆致から綴られていき、おそらく読み終えたときに読者は、この雄大な宇宙における我々人類の立ち位置をリアルに認識させられると同時に、その雄大な思考の広がりに感嘆の念を抱くことになります。

「相対性理論から100年~」の方でも述べられていたように著者は基本的に「宇宙論とは宇宙の膨張の様子を研究する学問である」と規定します。なぜなら宇宙の膨張の様子が分かれば宇宙の歴史や構造が把握できるからですが、しかし宇宙の膨張と言っても、19世紀まで宇宙は膨張などしない永久不変の存在と認識されていたため、宇宙の歴史や構造を研究しようにも、どうにも取っ掛かりが見出せませんでした(なにしろ永久不変の存在であるなら始まりも終わりもなく、そんなもの手も足も出ない)。しかし20世紀になって相対性理論が、時間と空間が伸び縮みするという仕組みを示したことで状況が一変します。時間と空間が伸び縮みするなら宇宙だって伸縮するのではないか、そうなら、宇宙の始まりというものを物理学的に考えても良さそうだ、この発想を後押しするかのように、1929年にアメリカの天文学者ハッブルが宇宙の膨張を実際に確認したことで宇宙論の可能性が一気に広がります。

この流れを受ける形で1946年にビッグバン宇宙論が提唱されます。これは「かつての宇宙は超高音の小さな火の玉だった」とすることで膨張のメカニズムを物理学的に解明した理論であって、一般相対性理論におけるアインシュタイン方程式が示した「宇宙の膨張」という理論的事実を出発点とするものですが、さらに1965年にビッグバンが事実であったことの決定的な証拠が観測されるに及び、ビッグバン宇宙論は現代物理学的宇宙論のベースとしての地位を不動のものとします。

このビッグバン宇宙論を受けて、本書の著者である佐藤勝彦氏により1980年に、「インフレーション理論」が提唱されます。「宇宙は誕生直後にものすごい急膨張(インフレーション)を遂げた」とするもので、この理論によりビッグバン宇宙論の様々な問題点が一気に解決できる画期的な理論であり、このインフレーション理論は現在、宇宙初期の様子を説明する標準理論として認知されています。

しかし、そのインフレーション理論をもってしても、宇宙誕生直後の状態までは何とか説明できるが、宇宙誕生そのものについてのメカニズムは説明ができず、別の理論が必要になる。著者のいう「私たちが神様の助けを借りずに宇宙の始まり・時空の始まりの謎に立ち向かうための理論」として、宇宙誕生のメカニズムを説明するためには、「量子重力理論」と呼ばれる、相対性理論と量子論を完全に統合した理論が不可欠と言われています。なぜなら 宇宙は過去にさかのぼるほど小さくなり、誕生の瞬間は素粒子よりも小さな超ミクロの存在だった。したがって宇宙誕生の様子を考えるには、ミクロの世界の物理法則である量子論と、ビッグバン宇宙論の土台である一般相対性理論を融合した理論の完成が必須となるからです。

現在、量子重力理論の候補として有力なのはウクライナの物理学者ビレンキンの「トンネル効果理論」、アメリカの物理学者ホーキングの無境界仮説などが知られているものの、いずれも仮設の上に建てられた仮設に過ぎないとして、まだまだ未完成であることが述べられます。つまり、このあたりが現在の人類の、宇宙の真理に接近する臨界点ということになるようです。そして、その臨界点の先には暗黒(ダーク)エネルギー問題という、現在の宇宙論における最大の謎が横たわっており、この解明により現代物理学が次のステージに進めるのではないかと著者は予想しています。

・・エーテルの問題は相対性理論を生み、黒体放射の問題は量子論を生みました。難問を解決することで、まったく新しい20世紀の物理学が創られたわけです。同じように私はダークエネルギーやダークマターの問題を解決することで、21世紀の物理学、、次世代の新たな物理学を創ることができるのではないかと思っています。
 宇宙の中で私たち人間は、確かにはかない存在です。でも私たちは、自分たちが住んでいる宇宙についてみずからの生み出した科学の言葉でここまで認識し、それを通して自分たちが何者であるかを知ることができるようになりました。そのような人間は、この宇宙の中で、はかないけれどもすばらしい存在だと私は思っています。

本書は単独で読んだとしても十分に面白く、新しい知に触れる喜びに満ちていますが、私の印象では「相対性理論から100年~」と合わせて読むとまた、感銘の度合いや知見の密度などがぐっと深まるように思います。

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