読書間奏「指揮者の知恵」


「指揮者の知恵 」
藤野栄介・著 学研新書

 G086

「この指揮者、絶対中身がないよ。こんな指揮者なんかについていけないよ!」
 指揮者という職業は、きらびやかで「絶対君主」的なイメージとは裏腹に、厳しい視線にさらされ続ける職業だとも言えます。「スマートにステージに上がって、おじぎをし、指揮台に立って指揮棒を振り上げれば、オーケストラはしもべのごとく彼に従って演奏する」という指揮者像は、実は、実際とはかけはなれたイメージに過ぎないのです。
 もちろん世界最高と言われるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のようなプロフェッショナル意識の高い集団であれば、(いつもとは言いませんが、)たいていの指揮者の言うことなら素早く理解し、さらにレベルの高い演奏を実現するものです。そうでなくても、「いいんじゃない、この指揮者がやりたいなら。まぁ、とにかくやってあげようよ」「いいよ、いいよ、なんでも。だって、仕事だから。とにかく楽譜通りの音を出してあげるよ。俺たちプロだから」など、音楽家としての自己よりも、指揮者に寄り添い音を奏でることを優先する楽員もいるでしょう。プロフェッショナルなオーケストラは世界に何百と存在し、そこに属する演奏家も十人十色で、様々な考え方や個性をもった音楽家がいます。指揮者にとって、一筋縄でいかないのがオーケストラという集団なのです。

本書は今年の10月に発売された新書で、オーケストラ集団を指揮棒ひとつでまとめ、人の心を打つ音楽を奏でるための方法を現役指揮者が公開する、というコンセプトに基づき、オーケストラの演奏家たちを率いて聴衆が感動する演奏に導くために必要な、指揮者の「リーダーとしての」資質、条件、知恵などが綴られた一冊となっています。なお、著者は本職のオーケストラ指揮者にして音楽プロデューサーであり、ロシアの国立サンクトペテルブルク音楽院にて指揮を学んだ経歴を有しています。

まず第1章「指揮者とオーケストラの基礎知識」で、クラシック音楽の面白さとは何かについて、著者の考えが簡潔に述べられています。その冒頭では、クラシック音楽に興味がない人と話をしていると「クラシック音楽は誤解されているなあ」としばしば思わされる、として、「スター指揮者が大げさに指揮棒を振って、それに一糸乱れぬオーケストラが従い、ひたすら美しい音楽を奏でることを目指している」と「誤解」されているようだということが述べられます。それに対し、クラシック音楽は決して耳に心地よいだけの音楽でないこと、心の葛藤や後悔、別れや悲しみ、そしてあきらめという人間の負の感情に触れるものが少なくないこと、耳に優しく美しい和音だけでなく、音と音とが調和せずにぶつかり、強い緊張感とどこへ向かうかわからない違和感を与える和音も、人々の人生を音楽で表現するには重要な要素であること、優れた作曲家(ベートーヴェンのような)は往々にしてそうした緊張感を伴う和声を重視すること、などが述べられます。

このあたりに関しては、本書の冒頭部において「クラシック音楽鑑賞が趣味でなくオーケストラの世界を遠く感じているかもしれない読者も対象とする」と明記されているため、そういった読者層に対する配慮という意味合いがあるのかもしれません。そのうえで、指揮者の仕事とは楽譜から作曲家のビジョンを読み取ることから、すべてが始まるものだということが、有名な指揮者の具体例を豊富に交えつつ語られてゆきます。

続く第2章「リハーサルで指揮者がすべきこと」では、指揮者がコンサートを作り上げる過程で最も長い時間を占めるリハーサルを通じて、指揮者のオケに対するリーダーシップがどのように発揮されるのかが、実例を交えて、あるいは「オーケストラを動かすのは指揮棒ではなく楽曲への想いの強さだ」といった著者の持論も交えて、分かりやすく論じられます。

第3章「オーケストラを一つの生き物とするために」では、まず冒頭部でクラシック音楽を消費型エンターテイメントのひとつと看做す近年の風潮に疑義を呈し、そのような風潮を過去に決定づけ、いわばクラシック音楽を資本主義・功利主義といった方向へ転換させた張本人である某有名指揮者を軽く非難したうえで、「楽しい」という一言だけでは言い尽くすことのできない広大かつ繊細で深い世界というものが厳然とあること、そのような演奏は指揮者とオケとが深いところでつながり、オーケストラが一つの生き物のようになって初めて可能であるということ、といった著書の音楽に対する考え方が秩序立てて記されていきます。

第4章「指揮者のカリスマ性」では、いわゆるカリスマ指揮者が過去いかにオーケストラに相対したかが、豊富な具体例を交えて記述され、最後の第5章「コンサートが始まり指揮者は瞬間に生きる」では、コンサート本番での演奏中に良い演奏を為すために指揮者はどのような点に意を払っているか、また払うべきなのか、についての著書の考えが述べられています。

本書を読んだ印象ですが、ちょっと細かいところで読んでいて疑問に思われるところもありましたが、全体的には優れたクラシック本の一冊として広く読まれるべき、あるいは読まれてもらいたい本だと感じました。なにより、素晴らしいコンサートを作り上げる過程というのが、いわゆる事務的な作業には程遠い、むしろ指揮者とオーケストラとの「闘い」に近いものである、というあたりの「本音」が、かなり赤裸々に書かれているあたりが、読んでいて非常に面白くて惹き込まれましたし、著者が指揮者であり現場体験が豊富なことから、そのあたりの指揮経験に基づいた教訓なりが端的に活かされているあたりも説得力を感じました。

・・ジョルジュ・プレートルは、リハーサルも本番と同じように、最初から全力でドライブをかけていきます。しかし延々と同じ方法でドライブをかけ続けると、オーケストラも次にどんなドライブが来るか予想ができるので、なぜか演奏が安定してきてしまいます。そうすると彼はさらに違うドライブをかけます。プレートルの指揮はとても「見やすい指揮」とは言えないので、とても演奏しにくく、オーケストラからは批判があがることもあるそうです。しかし、その演奏を聴いている聴衆には、非常に刺激的で退屈の余地のないとてもエキサイティングな演奏となります。・・

上記の部分、ちょうど私が聴きに行った先月のウィーン・フィル来日公演でプレートルが披露した演奏の感触と全く同じでしたので、読んでいて我が意を得たり!でした。

コメント

 

コメント

 
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

Powered by FC2 Blog
Copyright © クラシックCD感想メモ All Rights Reserved.