バーンスタイン/コンセルトヘボウによるマーラー交響曲第9番


マーラー 交響曲第9番
 バーンスタイン/アムステルダム・コンセルトヘボウ
 グラモフォン 1985年ライヴ POCG-1104/5
POCG-1104

レナード・バーンスタイン指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏によるマーラー交響曲第9番のCDを聴きました。

稀代のマーラー指揮者バーンスタイン最晩年のマーラー演奏の精華の一つ。そんな説明も不要なくらい有名な録音です。

何故このバーンスタイン盤を聴きたくなったかと言いますと、私が先週サントリーホールで聴いたゲルギエフ/ロンドン交響楽団の来日公演・マーラーの交響曲第9番の演奏会の際にロビーで購入した公演プログラム冊子に「ゲルギエフ、マーラーを語る」というインタビュー記事が掲載されており、その中でゲルギエフが自身のマーラー解釈における「バーンスタインからの影響」について語っていたからです。

2010-12-05

このインタビューの中で、「LSOにはバーンスタイン、アバド、ティルソン=トーマスらと築いてきたマーラーの伝統がありますが、そうした伝統の重みを感じますか?」という問いに対し、ゲルギエフは以下のように答えます。

 私は3人とも親交がありますが、特にバーンスタインからは多くを学びました。ある時、ゆっくりランチをご一緒する機会があり、マーラーやショスタコーヴィチをはじめ、いろいろな作曲家について語り合うことができました。バーンスタインは、私を含むロシアの若い世代の指揮者たちがチャイコフスキーやショスタコーヴィチをどのように理解し、特定のパッセージをどのように解釈しているかについて知りたがっていました。その代わりとして私はマーラーについていろいろと話をうかがうことができたのです。それはたとえばメトロノーム表示について、弦楽器のサウンド、楽章間のバランス、親密な部分と外向的な部分のバランスなどについてでした。5時間以上にわたって、食事やワイン、ウィスキー、そしてバーンスタインはタバコを吸いながら議論は尽きませんでした。この体験は私にとって、マーラーはもちろん、ショスタコーヴィチの交響曲ツィクルスについての理解を深めるのに大きく貢献しました。
 私としてはバーンスタインほどの有名な音楽家が、若い世代の指揮者から話をききたいということ自体が驚きでした。当時私はまだ34か35歳で、ショスタコーヴィチの交響曲でさえ、まだ全部指揮したことがなかったのです。ちょうどキーロフ歌劇場の音楽監督に任命されたばかりでしたが、バーンスタインはキーロフの伝統についても詳しく、話はロシアの作曲家のみならず、キーロフおよびサンクトペテルブルクの歴史に影響を与えたヨーロッパの作曲家にも及び、興味深いものでした。・・

こういった親交がゲルギエフとバーンスタインとの間にあったという事実を私は恥ずかしながら知らなかったので、このインタヴュー記事を読んで意外の感に打たれました。

表面的な印象だけ見るなら、両者のマーラー解釈は接点が薄いようにも思えます。たとえば演奏時間レベルだけで比べても先日ゲルギエフが実演で披歴したマーラー9番は全体で80分程でしたが、バーンスタイン/コンセルトヘボウのマーラー9番は全体で90分。それだけ基調とするテンポ感に開きがありますし緩急の展開の仕方やハーモニーの構成においても比べてみれば相違点は幾らでも挙げられるように思われます。その意味では似ていません。

その限りではゲルギエフは決してバーンスタインの真似ごとをしていないし、先日のマーラーは紛れもなくゲルギエフならではの独創性に富んだ表現でしたが、そういったスタイル以前の姿勢なりビジョン、あるいはマーラーを演奏するモチベーションにおいて、彼らのマーラーの間に一定のアナロジーが存在するとみなすことはインタヴューでゲルギエフ自身がバーンスタインから影響を受けたと語っているからしても、おそらく的外れではないと思われます。特に私が実演で感じた、ゲルギエフの情念を知的にコントロールすることの巧さというか、情念に足元をすくわれない知的な構成力に関しては、彼の今までのロシア音楽に対するキャリアで培ったというだけでなく、もしかバーンスタインからの影響力も少なくないのかも知れませんし、何より、どちらも表面的にアンサンブルをブラッシュアップすることに意を置いていない。そんなことより、例えば作品の深いところから湧き上がる情念が音楽に昇華される際に立ち昇る、名状を超えた美に対する、飽くなき追及姿勢において共通する理念があるように私には思えます。

それにしてもバーンスタイン往年のマーラー解釈というのは21世紀の現在、私の思っていたよりも、ずっと多くの指揮者に影響を及ぼしているのではないかという気がします。

今年はバーンスタインの没後20年の区切りの年ということで、復刻CDの発売、テレビの特集番組、音楽雑誌の特集記事といった形で、バーンスタインが後世に残した仕事への、正当な評価に基づく、敬意に満ちた企画が多く打ち出されているのを目にします。バーンスタインのマーラーを愛好する聴き手の一人として、このような状況を、とても嬉しく思います。

コメント

 
私は26日の1番を聞きました。LSOレーベルから一連のチクルスのCDが出ていますが、正直最初にリリースされた数枚を聞いてあとは避けておりました。ゲルギエフに期待し過ぎていたというか、何となく肩透かしを喰らった気がして、実際のコンサートで確かめようと思いました。前半は諏訪内氏のバイオリンによるシベリウスで、これがバイオリン、オケ共に素晴らしく後半の1番に期待が高まりました。結果は、CDなど全然問題にならないほど素晴らしい演奏でした。ロンドン響の状態も良く、ロンドンの数あるオケの中では一番充実しているかもしれません。そうなると問題は本拠地バービカンでの録音ということでしょうか?数年前にバービカンでパッパーノ指揮による演奏を聞きましたが、ホールは確かに時代遅れというか、NYフィルのエイブリーフィッシャーホールとどっこいどっこいといった音響だったような記憶がします。良いオケはやはり条件の良いホールで育つものだと思いますが、N響もNHKホールで聞くのとサントリーで聞くのとでは別のオケに聞こえてしまうくらいですから、その辺で損をしてしまっていたのかもしれませんね。
りゅうたろう様 
コメント有難うございます。

> 私は26日の1番を聞きました。
> 結果は、CDなど全然問題にならないほど
> 素晴らしい演奏でした。

ああ、やはりそうでしたか。

> LSOレーベルから一連のチクルスのCDが
> 出ていますが、
> 正直最初にリリースされた数枚を聞いて
> あとは避けておりました。

私はCDの方は恥ずかしながら未聴です。どうもゲルギエフとマーラーというのがピンとこなくて、、今にして思えば早計だったとは思っていますけど、、、

> そうなると問題は本拠地バービカンでの録音と
> いうことでしょうか?
> その辺で損をしてしまっていたのかもしれませんね。

私は肝心のCDを聴いていないので、そのあたりの違和感の原因は計りかねますが、単純に実演と録音の差によるのかもしれませんね。いかなSACDでも、実演の音には及ばないことに、議論の余地はないと思いますし。

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