ウェルザー=メスト/ロンドン・フィルによるブルックナー交響曲第7番


ブルックナー 交響曲第7番
 ウェルザー=メスト/ロンドン・フィル
 EMIクラシックス 1991年ライヴ CDC7544342
CDC7544342

まず御礼ですが、今週、当ブログのアクセスが累計10万カウントに到達しました。皆様のご訪問を感謝いたします。

今年の3月に累計5万カウント到達の御礼を掲載したときには、まさか年内に累計10万にまで届くとは思ってもいませんでした。今年の夏あたりからアクセスが急激に増加したような様子ですが、いずれにしても恐悦の至りです。今後とも御愛顧のほど宜しくお願い致します。

私のブログは基本的にCD感想記がメインのサイトですが、ほかにコンサート感想記も書きますし、時々は読書感想記も書いています。読書感想記の方は今年から始めたもので、音楽の話題ばかりだと広がりに欠けるから、たまには何か別のこともと考え、ちょうど今年が国民読書年なので、やり始めました。とくに私の座右の作家が夏目漱石と寺田寅彦なので、この2人に関しては重点的にやりたいと考え、寺田寅彦の方から始めて取りあえず一通り終わりましたので、現在は夏目漱石の方を進めているという次第です。コンサート感想記に関してはブログ開始当初から続けており、こちらはCD感想記の延長のような感覚でやっています。

そのコンサート感想記ですが、私は基本的にオーケストラの配置と編成について必ず書くようにしています。なぜかと言いますと、当日の実演において、指揮者が選択した配置と編成の状態から、その指揮者の演奏に対するビジョンなりコンセプトなりが、客観的に伝わってくる部分も少なからずあるのではないかと考えているからです。

配置であれば、例えば第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを対向させる配置というのは当時の演奏習慣を重視する姿勢の表れと捉えられますし、第1ヴァイオリンとチェロの対向なら高低分離の音響重視、第1ヴァイオリンとヴィオラの対向なら内声部重視と、それぞれに明確な意味がありますし、編成にしても、例えばベートーヴェンの同じ交響曲を演奏するにしても、弦が16型か8型かで両者の演奏コンセプトに明確な違いが認められるでしょうし、そういった客観的な事実の提示というのは、私の書くヘボな感想などよりも雄弁に何かを物語ることがあるかもしれない。ですので、別に酔狂で書いているわけではないということはお伝えしておきます。

ところでメインのはずの新譜CDの感想の掲載ですが、このところコンサート続きのため、少し滞っています。

まったく今年の東京は凄まじい限りで、これでは聴きたい公演を全て聴こうなんて思った日には、お金が幾らあっても足りない。音楽評論家や音楽ジャーナリストと違って、チケットが天から降ってくるわけではないので、実際かなりの散財になりますが、それでも聴きに行くのは、この公演を聴き逃すと一生後悔するのではないかという、強迫観念みたいな衝動に駆られるからです。まあ音楽が好きな人というのは、多かれ少なかれ大体そうではないかと思います。

そういうわけで、性懲りもなく来週もクリーヴランド管の来日公演を聴きに行くつもりです。中心演目がブルックナー7番で、当日の指揮者フランツ・ウェルザー=メストは昔EMIに同曲をロンドン・フィルと録音しているので、今日それを予習がてら、久しぶりに聴きました。1992年にリリースされたCDで、ロンドンのプロムス・コンサートのライヴ。メストがロンドン・フィル首席指揮者に就任する前年の録音。ブルックナーゆかりの地オーストリア・リンツ生まれの指揮者による演奏でありながら、ドイツ・オーストリア風の重厚な演奏スタイルとは一線を画した清新なブルックナー。オーソドックスな運用をベースに、全体的に旋律線を細く維持した、すっきりと細部まで見通しの良い、颯爽とした感じの演奏。いかにもブルックナーというような重厚な響きではないので、聴き手によっては物足りなく思われるかもしれませんが、とにかく音楽の流れが軽やかで、すがすがしい演奏です。

この録音から20年近く経った現在のメストが、2002年から長く音楽監督を務めている手兵クリーヴランド管を駆り、どれほど熟成・深化を遂げたブルックナーを披露するか、興味深く聴いてみたいと思います。

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