ウィーン・フィル来日公演(サントリーホール 11/9&11/10)の感想


一昨日(11/9)と昨日(11/10)のサントリーホールでのウィーン・フィル来日公演の感想です。2日分まとめて掲載します。

2010-11-11p

まず一昨日の公演(11/9、指揮者はフランツ・ウェルザー=メスト)の感想です。

オーケストラ編成は16型で、第1ヴァイオリンとヴィオラを対向させた配置でした。なお報道で伝えられている通り、ウィーン・フィルのコントラバス奏者の方が先日、不慮の事故で死去されたため、コントラバスは7人編成でした。

前半の演目はワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」から「前奏曲と愛の死」でしたが、冒頭の引き摺るような足取りで緊迫した静けさを醸しだしたピアニッシモから、クライマックスでの激情がほとばしるようなフォルテッシモまで、そのアンサンブル展開に感情を置き去りにしたような無機的な動きはどこにもなく、文字通りオペラ的な起伏を見事に描き出して間然とせず、メストのオペラ指揮者としてのドライブ感の持ち味が十分に披歴された、大変ダイナミックで充実感のあるワーグナーを聴かせてくれました。

後半のブルックナー交響曲第9番ですが、作品に極めて誠実にして正攻法なメストの演奏姿勢のもと、その音楽を情緒や激情の世界として描かずに、あくまで一定の節度をもって、感傷的にならずに、ブルックナーの音楽が有する論理の堆積からくる感動を主眼にアンサンブルを理性的に組み立てた、そんな感触の演奏が披歴されましたが、それを単なるスコアの再現に留まらせず、ウィーン・フィル特有の味わい深いアンサンブルの持ち味を積極的に活かして、非常に含蓄のある世界として描き切った点が素晴らしい聴きものでした。

全体を通してアンサンブルに余分な力みや停滞がなく、音楽が自然に淀みなく流れていきましたし、トッティの響きも円滑に溶け合って決して汚く響かない。メストの運びはリズムの切れが良く、テンポも速めで、響きのバランスにしても、最強奏のクライマックスでさえ決して無秩序な大音響を炸裂させることをせず、どこまでも理知的に音楽を構築する行き方。その意味では、前半のワーグナーとのコントラストの付け方も絶妙と感じられましたし、ここぞという時に必ずウィーン・フィルの馥郁たる音響美がホールに充溢する様にも傾聴させられました。

ただ、やはり準備不足の影響があるのか、必ずしもメストの解釈が十二分には煮詰められていないのかなという印象も正直ありました。おそらく当夜メストの披歴した解釈を十二分に煮詰めたならば、作品の持つ内面的な深みのようなものが更に前面に抉り出されていたのではないかと思えなくもなく、例えば第2楽章(ここは再現部冒頭のアインザッツが大きく乱れて、思わずドキリとしましたが)では、冒頭からテンポが速くてスイスイ進むものの、そのぶん個々のフレーズの食い付きが浅く流れる印象もあり、もう少し掘り下げて鳴らしてほしいと思わなくもありませんでしたし、続く終楽章も安定感のあるアンサンブル展開から格別な音響的美感をもって作品を描き出しており、聴いていて陶然とするほどでしたが、逆に言うなら音響としてのまとまりが見事であるという地点から、あまり積極的に踏み出していないようにも思えました。

このブル9の第2楽章を、例えばヴァントやスクロヴァチェフスキの指揮で聴くと、それこそ世界が反転するかのような壮絶的な感覚を突き付けられるところですが、当夜のメストの指揮は、やはりぎりぎりのところで音響としてのソフトさ、柔らかみのようなものが優ってしまい、このブルックナー最晩年の音楽が持つ暗く、謎めいた内面の世界の、底知れない感情の揺籃のようなものを作品の奥深くから抽出するまでには惜しくも至らずという印象も残りました。

しかしサロネンの直前キャンセルを受けて、このブルックナーの最難曲を、あの短期間でよくあそこまでの水準に仕上げられたという点では全く驚嘆に値する演奏であった思いますし、こういう事態にこそオーケストラのポテンシャルの高さが端的にものを言うという点では、やはりウィーン・フィルが紛れもなく世界最高峰のオーケストラであるという事実を、今更ながら深く印象づけられた演奏でもあったと思います。何より、このブルックナー畢生の名作をウィーン・フィルの実演で耳にしたことの感激がひとしおでしたし、やはり私にとって忘れられない演奏会になりそうです。

続いて、昨日の公演(11/10、指揮者はジョルジュ・プレートル)の感想です。

オーケストラ編成はシューベルトが14型、ベートーヴェンが16型、配置は前日と同様、第1ヴァイオリンとヴィオラを対向させた配置でした(なお、この配置については勝手に変な名前を付けて後で恥をかいてもと思い、これまで私はブログで上記のような書き方をしていましたが、こちらのサイトに詳しく書かれています通り、これは正しくは「ドイツ式配置」と呼ばれるもののようです)。

まず前半のシューベルトの交響曲第2番ですが、これは公演プログラムによるとサロネンの直前キャンセルを受けてプレートルの方でオケ側に提案した演目のようです。シューベルトの交響曲というと、確か数年前のウィーン・フィル来日公演でムーティが3番・4番・「未完成」・「グレート」を披露したと記憶していますが、この2番をウィーン・フィルが日本で演奏するのは今回が初めてかもしれません。

ここでのプレートルの披歴したシューベルトは、湧き立つような音楽の躍動感に満ちた、健康的で、大変に聴き映えのする演奏でした。柔軟なテンポ運用、洒脱なフレージング展開、そしてウィーン・フィルならではの陶酔的な音色。なにより音楽が品の良いユーモアに溢れていましたし、聴き手を幸せな気持ちに誘うシューベルトの音楽の魅力が、これ以上ないというくらいにホールに充溢する、その意味でプレートル&ウィーン・フィルの会心のシューベルトではないかと思えましたし、これはもう本当に聴いていて楽しくて仕方がないというくらいの演奏でした。

ここでプレートルはパントマイム風というようなコミカルな仕草を交えてのユーモアたっぷりの指揮ぶりを披露、そのあたりの雰囲気も音楽の表情を際立たせるのに一役かっていたような気がします。第2楽章のみ指揮棒を脇へ置いて空手で指揮していたのは観ていてちょっと不思議でしたが、後半のベートーヴェンでも同じく第2楽章のみ空手の指揮でしたし、緩徐楽章では指揮棒を持たない方針なのかもしれません。

そして後半のベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」ですが、これは本当に度肝を抜かされました。

第1楽章冒頭の気合い十分の全奏に続いて、すごいアップテンポでオケを走らせ、途中で大きくテンポを落とし、また素早くテンポを切り返す、、このあたりの縦横無尽なテンポの動きに乗って、ウィーン・フィルのアンサンブルが手に汗握るドライブを披露し、そのダイナミックなアンサンブルの駆動力と、溌剌たる響きの充実感が素晴らしく、こんなにワクワクするようなエロイカを実演で耳にしたのは、果たして何時以来だろうかと思いながら、とにかく惹き込まれました。展開部以降もプレートルは伸びやかな指揮ぶりから、すごい牽引力でオケをグイグイと引っ張っていき、それでいて、このオーケストラ独特のふくよかな響きの階調というような味わいが些かも減じていないのは驚異的であり、このあたり何かプレートルのカリスマ性の一端を垣間見たような気がしましたし、聴いていて感服の極みでした。

続く第2楽章は一貫して速めのテンポで通されましたが、どのフレージングにも充実した定着力があり音楽が少しも薄味に流れない。なおかつ後半のフーガのところで、プレートルは更に早めのテンポでグイグイとアンサンブルを引っ張っていき、その速さには驚かされるくらいでしたが、これが実に圧巻で、ハイ・テンポでの葬送行進曲とはいえ「疾走する悲しみ」のような感じとも、また一味ちがう、もっと前向きで、意思的で、ポジティブなエモーショナリティに満ちた情熱的なフーガ。その頂点でのウィンナホルンの雄渾なアーチも絶美で、聴いていて本当に素晴らしくてジーンときました。

第3楽章は緩急を適度に効かせてのメリハリが小気味よく、どこか前半のシューベルトに似た雰囲気を醸した洒脱なムードに惹かれました。そして終楽章は、なんと大胆なオーケストラドライブであったことか。テンポやダイナミクスの大きな振幅にとどまらず、ある変奏部の前に大きなパウゼを仕込んだり、ある変奏部の出だしでレガートを強く聴かせて艶めかしいメロディを造り出したりと、やりたい放題という感じでしたが、それでいて実に音楽的で、名匠プレートルの音楽経験の豊かさを、ここでも垣間見る思いでした。それにウィーン・フィルがまた最高のレスポンスで応えるのだから、もう聴いていて惹き込まれっぱなし。ウィンナ・ホルンのここぞという時の好演ぶりも特筆的でした。

それにしても、ここまでスリリングで精彩に満ちたエロイカが披歴されるとは、本当に驚きでした。サロネン降板のアクシデントを受け、急遽に決まった登板ということで、ぶっつけ本番に近い形になると思われたことから、ほとんどウィーン・フィルに下駄を預けたような安全運転のベートーヴェンが展開されるのではないかと、正直ある程度まで覚悟していたところが、冗談じゃないと言わんばかりに、圧倒的に強烈なパーソナリティを込めたオーケストラ・ドライブを最後まで貫き通した、プレートルの指揮者としての度量に、ほとほと感服しました。「山はただ高きが故に尊いのではない」と言われますが、高齢だから良いという次元ではなく、まさに経験の豊かな86歳の指揮者が持ち得るような素晴らしいアビリティ全開の、充実を極めたベートーヴェンでした。

コメント

 
いつも楽しく拝見させていただいております。私も10日のプレートルの公演をRAブロックから聞いておりました。このコンビが日本で実現するとは思っていなかったので、本当に良かったです。もちろん演奏も素晴らしく、私はプレートルの指揮姿(表情)に目を奪われていましたが、時折コンマスのキュッヒル氏とのアイコンタクトによる会話が楽しそうで、演奏が上手くいっている事を物語っていたのではないでしょうか。客席には9日に指揮した(私は聞けませんでしたが)ウェルザー=メストがおり、今年と来年の新旧のニューイヤーコンサート指揮者が同じ空間に居合わせた光景を嬉しく思いました。ウェルザー=メストは来週の手兵であるクリーヴランド管でプレートルと同じエロイカを聞くので、聞き比べができるのも楽しみです。ウィーンフィルのシューベルトは数年前のムーティとのミューザ川崎公演で聞いた際に、これぞウィーンフィルというサウンドが聞けたことを思い出しながら楽しめました。
りゅうたろう様 
初めまして、コメント(と先日いただいた私信)、まことに有難うございます。

> もちろん演奏も素晴らしく、私はプレートルの
> 指揮姿(表情)に目を奪われていましたが、
> 時折コンマスのキュッヒル氏とのアイコンタクト
> による会話が楽しそうで、演奏が上手くいってい
> る事を物語っていたのではないでしょうか。

そうですね。あれだけ自在にオケを引っ張れるあたり、互いの意思疎通は万全に近いものと思えました。さすがです。

> 客席には9日に指揮した(私は聞けませんでしたが)
> ウェルザー=メストがおり、

なんと、それは気がつきませんでした。残念、、

> 今年と来年の新旧のニューイヤーコンサート指揮者が
> 同じ空間に居合わせた光景を嬉しく思いました。

まったく今年の秋の東京は、近年まれに見るくらい豪華な状況ですね。ひっきりなしに「大物」が到来するという、、、

> ウェルザー=メストは来週の手兵であるクリーヴランド管で
> プレートルと同じエロイカを聞くので、聞き比べができる
> のも楽しみです。

それは楽しみですね。実は私も来週、クリーヴランド管を聴きに行きます。エロイカの前日のブル7の方の公演で、指揮はメストですので、私の方もメスト/ウィーン・フィルのブル9との聞き比べが楽しみです。

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