ポリーニによるショパンの「24の前奏曲」


ショパン 24の前奏曲
 ポリーニ(pf)
 グラモフォン 1974年 POCG9957
POCG9957

先週サントリーホールで聴いたポリーニのピアノ・リサイタルの感想を翌日ブログに掲載しましたが、今回のポリーニの来日公演では、私が聴きに行ったバッハ・リサイタルのほかにショパンとベートーヴェンを中心としたプログラムの公演も含まれていました。ところで、こういった来日リサイタルで、バッハの平均律まるまる一巻と、ショパンの「24の前奏曲」とを、2つとも演目として持ってきたピアニストというのは今まで誰かいたのでしょうか。

単に私が知らないだけで実際いるのかもしれませんが、少なくとも私の感覚だと、ちょっと他にいないのではないかという気がします。そもそもショパンが得意で、かつバッハが得意というピアニスト自体、まず滅多にいないように思われますし、、

例えば、ポリーニはショパンコンクールの優勝者ですが、そのポリーニが去年バッハの平均律を録音するまで、歴代ショパンコンクールの優勝者の誰一人としてバッハの平均律を録音していなかったという事実(もちろんアルゲリッチやブーニンにもバッハの録音はありますが、少なくとも平均律のような大曲はないはず)も、そういう印象を助長させます。周知のようにバッハの平均律はピアニストにとって「旧約聖書」と呼ばれており、その録音に多くの名うてのピアニストが挑んでいるにも関わらず、ショパンコンクールの優勝者は、そのピアノの腕前にも関わらず、ポリーニ以外の録音がない、、、

だから、私は正直ポリーニがバッハの平均律を録音したという時点で、ポリーニはショパンコンクール優勝者としては「特殊」だなという印象を抱きました。

しかし本当にポリーニはショパンコンクール優勝者としては「特殊」なのか? そもそもショパンの「24の前奏曲」こそはドビュッシー、ラフマニノフ、ショスタコーヴィチと連なる「24プレリュード」様式ピアノ作品の嚆矢であって、その作曲の原点がバッハの平均律にあることは有名ですし、たとえショパンとバッハそれぞれの時代間に100年の間隙が横たわっていたとしても、ショパンに共感を持つピアニストがバッハに共感を抱いたって別に不思議ではない、、、

いや、何故こんなことを書いているかと言いますと、実はポリーニのリサイタルの公演プログラムに、ポリーニのインタビュー記事が掲載されていまして、それを読むと、ポリーニが以前はバッハを頻繁に演奏会で弾いていたと書かれていたからです。

しかし、そこでのポリーニの弁によると、以前はバッハを弾いていたが、ピリオド演奏様式の台頭とともにバッハをモダンピアノで弾くことの難しさに直面し、次第に弾かなくなった。しかし最近になって、バッハ自身が編曲を好んでいたという事実から作品のエッセンスが失われない限り当時の様式に拘泥する必要はないと考え直し、それから再びバッハを取り上げるようになった、とあります。

とするなら、別にショパンコンクール優勝者だからバッハを敬遠するという話ではなく、ピアノ演奏の分野でのピリオド演奏様式と自己の表現との折り合いをどうつけるかがポイントということになる。そうである以上、ポリーニはショパンコンクール優勝者としては特殊でもなんでもないのかという認識に、ようやく到りました。

そんなことを、ポリーニによるショパンの「24の前奏曲」のCDを聴きながら、つらつら考えました。いずれにしてもモダンピアノで平均律を弾くことの醍醐味は確かにあると私は思うので、こういう揺りもどしは歓迎ですし、ツィメルマンやブーニン、ブレハッチらの弾くバッハの平均律も聴いてみたいと思うのは私だけではないような気がします。

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