読書間奏・文春新書「名文どろぼう」


少し前に読んだ本ですが、、

「名文どろぼう」
文春新書 竹内政明・著

BS745

今年の3月に発売の新書で、いわゆる名文集ですが、やや変則的です。直球勝負の名文集とは一味ちがう、変化球勝負型というべきでしょうか。著者は読売新聞の論説委員にして、看板コラム「編集手帳」の執筆者とのこと。

本書のカバー裏に書かれている短い紹介文には「人の心を打つ名文を書くには、名文を盗むことから始めよう。当代随一の名文家が、小林秀雄からスティーヴン・キング、落語、六法全書まで、秘密のネタ帳から古今東西の名文を絶妙に引用して綴る人生の四季。名文の芳香に浸る至福のひととき。 」とあります。また序文のページには「新聞社に籍を置いて三十年、しゃれた言葉や気の利いた言い回し、味のある文章を、半分は仕事の必要から、半分は道楽で採集してきた。本書ではコレクションの一部をご覧いただく。」と書かれています。

そのあたりを本屋で読んで、年がら年中しょうもない駄文の音楽感想をブログに書き散らしている私も、これを読めば少しは今よりマシな文章が書けるかもしれないという、甚だ不純な動機から購入した次第です。

それで、どんな素晴らしい「人の心を打つ名文」が書かれているのかと思い、さっそく最初に挙げられている名文を見ますと、、

命あってのモノマネ 
         高田文夫「娯楽・極楽・お道楽」より

テレビで見る傑作な物まねを楽しんでいたので、タレントの松村邦洋さんが急逝心筋梗塞で倒れたと聞いたときは心配した。幸い深刻なことにはならず、今はまた元気な顔を見せてくれている。・・・
放送作家の高田さんは松村さんの師匠筋にあたる。このダジャレが活字になったのは松村さんが倒れる四年前のことで、現実のほうがダジャレを模倣したらしい。・・・

2番目に挙げられている名文は、、

四十にしてマドモアゼル 
         戸坂康二「夜更けのカルタ」より

劇作家の戸坂さんが半世紀近く前につくった論語もじりの名作も、「適齢期」という言葉からして口にしにくいご時世を迎えては、いずれ滅びてしまうしかあるまい。

それぞれ「命あっての物種(ものだね)」「四十にして惑わず」をもじったダジャレで、名文というより言葉遊びに近い気もしなくもないですが、なるほど確かに発想が秀逸で面白い、、

以下などは名文というよりは、むしろ著者のユーモラスな視点が絶妙という気がします。

学問の 自由はこれを 保障する 
            日本国憲法第二十三条

内容というよりも俳句調、五七五の調べが気に入っている。・・・
条文の執筆者は日本古来の調べを新憲法に刻印し、古き伝統を滅ぼしていく占領体制に抵抗の矢を放った、ということはないにしても、河竹黙阿弥がお嬢吉三の名セリフ「月も朧に白魚の」以下を思いついたときの十万分の一くらいの満足感はあっただろう。・・・

この手の名文ばかりではなく、正統派の名文も多く挙げられています。例えば、、

呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。 
           夏目漱石「吾輩は猫である」より

この一文が多くのひとに親しまれるのは、人の世を見つめる猫の透明にして深遠なまなざしもさることながら、七・五・七・七・七・五の流れる調べがあってだろう。

さすがに漱石は複数の名文が挙げられていますし、寺田寅彦の文章も取り上げられています。

なかなかに印象深かったのが、文藝春秋の編集者、車谷弘氏が俳句集を出版したとき、井伏鱒二から届いた葉書に、たった2行書かれていたという以下の文。

うますぎると評判ですが
私もそう思います。     井伏鱒二
         
車谷氏は全身が痺れるほど感激したという。感激の経路をたどれば、「うますぎる」でまず引っ掛かり、批判めいた内容かしらと不安が兆し、逆接の「が」で不安は高まる。後段を読み終えて一気に喜びがこみ上げる仕掛けだろう。「とてもうまいと評判です。私もそう思います。」では、通り一編のお世辞にしか聞こえない。

以上、本書をひと通り読んで、名文の何たるかに思いを馳せつつ、いずれにしても私などにはレベルが高すぎて結局のところ参考にならないという事実に気がつきました。愕然、、

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