コヴェントガーデン王立歌劇場(ロイヤルオペラ)来日公演・ヴェルディ「椿姫」(NHKホール9/19)の感想


昨日(9/19)のNHKホール、コヴェント・ガーデン王立歌劇場(ロイヤルオペラ)の来日公演・ヴェルディ「椿姫」の感想です。

2010-09-20

ヴィオレッタ役エルモネラ・ヤオ(第1幕のみ):
ゲオルギューの代役として外題役にキャストされていたアルバニア人ソプラノ歌手ですが、昨日は観ているのが気の毒なくらいに不調を極めており、全体的に声がうわずっている、音程を頻繁に外す、細かい歌詞を飛ばすなど、第1幕を通して明らかに精彩を欠いた歌唱に終始し、これはちょっとヒドイなと聴いていて思わざるを得ませんでした。

特に決定的だったのが、第1幕の幕切れ直前あたりの聴かせどころが、全然まともに歌えていなかったことです。こう書くと、このオペラを聴き慣れている人は「ああ、あのハイEsをしくじったのか」と思われるかもしれませんが、そうではありません。ここは確かに実演でソプラノ歌手が技量のほどを観客に示すため、スコアから1オクターブ上げたハイEsを披露して場を盛り上げるのが通例ですが、この公演ではリチャード・エアの演出において「ヴェルディの原曲を最大限に尊重する」というコンセプトが掲げられており、かつて1994年プレミエのエア演出「椿姫」のCDとDVDでも、外題役のゲオルギューがオクターブ上げない「スコア通りのEs」で歌っていることからしても、おそらく昨日の公演では歌手の好不調に関係なく、原曲どおりに歌わせることになっていたはずと予想されました。

したがって、今回の公演でも間違いなく「スコア通りのEs」なんだろうと思っていましたので、私はハイEsは最初から期待していませんでした。全然まともに歌えていなかったというのは、幕切れの直前で最高音にまで持っていく過程での小刻みに上昇する音程のところ、このあたりの技巧的に難しい場面が、「ええ面倒だ」と言わんばかり、完全に飛ばされたことです。これはさすがに聴いていて目が点になりましたし、何しろハイEsと違ってスコアに歴然と書かれていますから、これを飛ばされてしまうと、原曲を最大限に尊重するという演出のコンセプトもどこへやら、もう聴いていて何が何やらという印象でした。

おそらくはゲオルギューのドタキャンによる準備不足に、体調不良が重なって、本来の実力を全く発揮できなかったのではないかと思慮します。その意味では気の毒な舞台だったとも思いますが、、、

ヴィオレッタ役アイリーン・ペレス(第2・3幕):
アメリカ出身の若手ソプラノ歌手とのこと。降板したヤオのピンチヒッターとして第2幕から登板し、最後までヴィオレッタを無難に歌い切りました。突出した個性こそ感じませんでしたが、とにかく安定していました。歌唱技術、声量、表情の出し方、声の美しさ、そういった要素が高いレベルでまとまった好歌手という印象で、とくに第2幕の幕切れのシーンでは本当に泣くように感情を込めて歌い抜いたり、第3幕の瀕死のシーンでは息も絶え絶えという情感が(やや大袈裟なくらい)良く出ていたり、きめ細かく丁寧に歌われたピアニッシモのシーンを含めて、全体的に歌に感情を乗せるのが上手い歌手だなと感じました。もっとも、肺活量が弱いのか、やや不自然なところで所々フレージングを切って息継ぎをするので、フレーズがスムーズに流れていかない局面が散見された点が聴いていて少し気になりました。

それにつけても、これだけ歌える歌手であるなら、何故ヤオの体調不良を事前に見抜いて、ペレスを第1幕から歌わせなかったのかという疑問が残ります。初めてのケースというならまだしも、伝え聞くところによると先週の神奈川での日本公演初日でも昨日と同じような交代劇があったとか。であれば十分に予見できたはずですし、ペレスが第2・3幕を上手く歌えば歌うほど、これなら第1幕もペレスで聴きたかったという思いが募りましたし、そのあたりの劇場側の不手際に呆れる思いでした。

アルフレード役ジェームズ・ヴァレンティ:
ファッションモデルのように長身で見栄えのするルックスともども、甘く艶やかな美声と切れのある歌唱テクニックとでスタイリッシュに聴かせるアルフレード、なんですが、第2幕冒頭のアリア「燃える心を」などでは高音の線が細く、聴かせどころでの力強さに物足りなさが残りました。全体に高音域の表出力に難があるようですが、その点に関しては、先々月のトリノ王立歌劇場の来日公演・プッチーニ「ボエーム」でのロドルフォ役マルセロ・アルバレスが圧巻の歌唱を聴かせていただけに、逆にヴァレンティの弱点が引き立ってしまった感がありました。

ジェルモン役サイモン・キーンリーサイド:
キーンリーサイドの声質はヴェルディにはどうなのか、合わないのではないか、と思っていたら、やっぱり微妙に合わないと思いました。さすがに歌唱力そのものは抜群でしたが、声質がぎりぎりのところでノーブルなので、そのぶんジェロモンに必要な、相手の弱みを冷酷に突く、蛇のようにネチっこい性格の発露が弱く、どうも聴いていて好々爺に思えてしまうのが難点と感じました。しかし、オペラ歌手としての絶対的な貫禄で押し切ったという感じでしょうか。存在感そのものは全キャスト中で間違いなく抜きん出ていましたし、「プロヴァンスの海と陸」での風格あふれる歌いっぷりも見事でした。

オーケストラの演奏:
パッパーノのことだから、テンポの速い部分と遅い部分とを比較的に強調してくるかとも予想したんですが、テンポやダイナミクスの起伏など、全体的に絵に描いたようにオーソドックスでした。さすがに音楽監督として8年を務めているだけに、オケの緩急強弱に対するレスポンスは全般に機敏で、よくこなれた感じの演奏だったと思います。弦楽器の明るくて綺麗な響きが印象的で、聴かせどころでヴァイオリンが艶のある響きで奇麗に浮き上がって聴こえるあたりなど、耳をそばだたせられました。

しかし聴いていて、いまひとつ濃厚な味わいというのが薄く、良く整った演奏であるのが過ぎ、アンサンブルの燃焼の足りないような感触も否めず、例えばイタリアのオペラハウスのオーケストラのように内から突き上げてくるような強烈な情動のほとばしりのようなものとは、一線を画した行き方のようであって、そこに今一つの迫真が生まれてこないもどかしさが感じられたのが少々残念でした。

演 出:
一言でいうなら照明を含めた舞台装置の高級感が際立っていて、これは観ていて率直に素晴らしいと感じました。単なるオペラの舞台のためのセットという範疇を逸脱し、むしろ真正の美術品に近いのではないかとすら思われるほど。観ていて造り物という感覚が希薄なくらい、とにかく入念に造り込まれていました。現実感を重視しながら観る者を一場の夢のような境地へと誘うという離れ業的な演出。この美術的な感触がDVDの画面だと伝わり切らないので、私はDVDを観て、そのあたりのリアリティがピンと来なかったところが、実物を見て腑に落ちましたし、少なくとも日本の新国立劇場の低予算の舞台セットとは、そのあたりのレベルの違いが端的に出ているように思えました。

そういった非常に手の掛かった舞台装置という要素とは別に、演出自体としては全体的にオーソドックスを地でいくアプローチであり、下手に奇を衒わない、堅実で常識的な演出内容でした。最後の幕切れの場面でヴィオレッタが全力で部屋中を走り回り、息絶えるあたりが唯一「常識的でない」光景ですが、それだけに最後の現実離れした光景は強烈な余韻を残します。それまでの常識を積み上げた光景との反動から、あのシーンに劇的なエネルギーが一気に充満し、それが観る側に強烈なインパクトを叩きつける、そういう風に緻密に計算された演出であるように思えました。

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