朝比奈隆の指揮によるベートーヴェン「エロイカ」のディスコグラフィ(その2)


昨日の続きです。


ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」
 朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団
 キャニオンクラシックス 1992年 PCCL-00196
PCCL-00196

朝比奈の第5回ベートーヴェン交響曲全集の中の録音。大阪シンフォニーホール収録。

ここではライブとゲネプロの録音を編集することにより、燃焼度と完成度の双方に配慮した表現が指向されています。またオンマイク型の鮮明な音質も、彼の以前までの「エロイカ」での音質と一線を画します。

かつて朝比奈自身「これが私のベートーヴェン演奏の結論」と語ったとされる5回目ベートーヴェン全集ですが、やはり並々ならない手応えを感じていたのでしょう、演奏の素晴らしさは85年ライヴもしくは89年ライヴの「エロイカ」と甲乙付け難いものです。大阪シンフォニーホール特有の豊かな残響の加減から弦と管が程よくブレンドされた音質の良さも含めて、朝比奈のエロイカの醍醐味が最良の形で示された名演のひとつと思います。まさに朝比奈イズムがオーケストラの隅々にまで浸透したかのような表現で、巨大な建造物が眼前に聳えるような雄大なスケール感に聴いていてゾクゾクする思いです。

総タイムは57分、そして第1楽章の総タイムは、大フィルとの録音としては初めて20分の大台に到達します。この録音では第1楽章のコーダでメインテーマのトランペットを、これまでと違って「原譜どおり」吹かしているのが耳に付きますが(89年までの4つのエロイカでは原譜どおりではなく慣用に従いトランペットの旋律線を延長させていた)、この方針転換の理由についてはビクター盤85年ライヴのライナーノートの方に詳しい解説があります。


ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」
 朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団
 キャニオンクラシックス 1996年ライヴ PCCL-00417
PCCL-00417

朝比奈の第6回ベートーヴェン交響曲全集の中の録音。大阪シンフォニーホールでのライヴ収録。

60分を超える総タイムもさることながら、第1楽章の総タイムは20分半に至り、いずれも朝比奈の13種の録音中これが最長です。第1楽章コーダのメインテーマのトランペットはスコア通りに「途中まで」で、これは92年盤と同じやり方となります。

第1楽章冒頭部分は何しろテンポが遅いため少し異様に聞こえるくらいですが、その荘厳な音楽の歩み、広々とした音楽の景観など、この97年盤のエロイカならではの特徴とも言え、通常の演奏とは相当に感触の異なる演奏であるだけでなく朝比奈の「エロイカ」としても特異な位置づけにある録音です。おそらく「巨匠風の表現」という言い方の最たる演奏が、この97年盤のエロイカなのでしょう。

もっとも、ここまでの極端なスローテンポには幾ばくかの作為を感じなくもありません。穿った見方をするなら、過去5種類もの自身の「エロイカ」との差別化を押し出すため、やや無理をして遅めのテンポを維持しているようにも思えてしまいます。

そして、ここまで肥大化した造型に対しオーケストラのアンサンブル密度が十分に追いついていない点が、この97年盤エロイカの最大の問題点と思われ、確かに並のエロイカに比べれば比べ物にならないくらい重厚濃密な演奏ながら、朝比奈の他のエロイカと比べると、とくに大フィルのアンサンブルの内的充実度においては前回リリースの92年ライヴに一歩を譲る感が否めないと感じます。

特に気になるのはアンサンブルが基本テンポの遅さに堪え切れず彫りが浅くなっている局面が部分的にしろ耳につく点で、聴かせどころは相変わらず凄いものの、聴かせどころ以外でのアンサンブルの弛緩気配が聴いていて耳につきます。第2楽章のティンパニも随分おさえて叩いていたりなど、残念ながら迫力が十分に伸び切りません。

しかし、それでも録音時80代後半という超高齢を考えると、やはり聴いていて凄いなと素直に感嘆させられてしまいます。音質は優秀で、バランスを考えると全13種類中これがベストかもしれません。

⑦&⑧
ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」
 朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団
 エクストン 2000年ライヴ OVCL-00026
OVCL-00026

朝比奈隆の通算7回目の、そして最後となったベートーヴェン交響曲全集からの録音。2000年7月8日大阪シンフォニーホールでのライヴ録音、および23日東京のサントリーホールでのライヴ録音の2種類の「エロイカ」がCD2枚に収録されています。

両演奏ともに最晩年の巨匠・朝比奈の残した至高ともいうべき「エロイカ」であり、彼の一連の同曲の録音の中では、全体的に多少アンサンブルのキメが粗い感じはするものの、遅めのテンポで頑強にリズムを刻んでゆく、朝比奈流アプローチは健在ですし、何よりオケの気力の充実度、アンサンブルの発する音の勢い、いずれも素晴らしく、聴いていて嘆息を禁じえません。

ここで興味深いのは、8日の大阪ライヴでの第2楽章の総タイムに19分20秒も掛けられている点で、これは23日の東京でのライヴ(18分20秒)よりも1分も長くなっています。この楽章で19分を超えるものは朝比奈の「エロイカ」全種を通しても他にないですし、ちょっと異常とも思える遅さです(最初にCDを見た時は思わずタイムの表記ミスかと思ったほど)。

この超スローペースを背景に、音楽の歩みは荘厳を極め、スケールも極大(とくに(9:46)あたりのティンパニ強打の迫力は尋常でない)ですが、この異端とも思えるペース、その造型のいびつさに対し、さすがに朝比奈もやり過ぎたと判断したのでしょうか、直後の東京公演では通常のペースに戻されています(それでも十分に遅いテンポですが)。

その東京ライヴの方はサントリーホールのふくよかな残響の追い風を受け、彼の生涯最後のエロイカの録音を飾るに相応しい、掛け値なしに気宇壮大な演奏に仕上げられていて、聴いていて実に深い感動の奥底に誘われる思いがします。決して艶やかとはいえない大フィルから、ここまで雑味のなく抜け切ったような美しさが奏でられるあたり、何という演奏だろうと耳を奪われる思いですし、何より驚くべきは、このとき朝比奈は実に92歳(!)の誕生日を目前に控える高齢。これほどの年齢で、これほどのベートーヴェンが振れるというのは一種の奇跡とも思えますが、彼の手兵・大フィルとの積年の信頼関係があればこそ、なのでしょう。名実ともに前人未到の偉業というに相応しいエロイカです。

以上7点のCD(8種類の録音)が朝比奈の生前にリリースされたエロイカになります。この他、朝比奈の没後にリリースされた5点のCDに関しては後日に。

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