グシュルバウアー/読売日響のコンサート(サントリーホール 8/26)の感想


昨夜のグシュルバウアー/読売日響のコンサート(サントリーホール 8/26)の感想です。

オーケストラの配置はステージ向かって左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラと並べたVn-Va対向配置、編成はシューマンとドヴォルザークでは16型、ブルッフでは12型でした。

まずジョセフ・リンをソリストに立てたブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番の演奏の方ですが、ここでは辣腕ヴァイオリニストたるジョセフ・リンの弾き回しに充実感が絶えず、快刀乱麻なボウイングというのか、揺るぎもないテクニックをバックに切れ味の鋭いフレージングでバリバリと弾き進めるという、まさに名手の演奏を地でいくような刮目すべき表現力の演奏で、そのあたりに関しては聴いていて率直に恐れ入ってしまうというほどでした。

もっとも、こと技術に関しては確かに刮目に値する表現力の演奏ではあったとしても、それでは音楽自体の訴えかけとして直截に心を動かされた演奏であったかと言うと必ずしも、という感もあり、あまりにもスラスラと軽やかに弾き回していくものですから、あれよあれよという間に演奏が進んでいって、気が付いたら終わっていた、という感覚に近く、聴いていて強く引っ掛かってきたり、食いついてきたりするような感覚には、聴き終えて結局それほどに縁がなかったなというのが正直な印象でした。

それはおそらく、ここでのジョセフ・リンの演奏が速めのテンポでササッと走り抜けていくようなスタイルであったことに拠ると思うのですが、しかし考えてみれば、このブルッフのコンチェルト自体が、そういった軽やかなスタイルを本来的に要求している作風であるとも言え、演奏がサラッとしているというより、曲自体がサラッとしているので、その生理に逆らわずにサラッと演奏したという方向性であったのかも知れません。

そういうわけで、直截に心を動かされるまでの演奏では正直なかったにしても、その類まれな演奏技術の凄さにおいて、聴き終えて何か特別なものを体験したという気持ちが残る、そんな演奏でした。

シューマンのゲノヴェーヴァ序曲とドヴォルザークの交響曲第8番に関しては、いずれもオーソドックスなスタイルの演奏であり、これまで何度か共演を重ねているグシュルバウアーと読売日響との、概ねピタリと息の合った呼吸から音楽が淀みなく進められ、各パート間の均衡において細やかなコントロールの行き届いたようなアンサンブルのバランスといい、構えを必要以上に拡げない端正な造形展開、強奏時においても繊細を尽くしたようなダイナミクスの処理、など、いずれも中庸な表現ながら各曲の味わいを十分に感じ取ることができるものでしたし、この両曲ともグシュルバウアーが譜面を置かずに指揮をした(ブルッフの方は譜面を見ながらの指揮でした)ことからも、おそらく作品が手のうちに入っているであろうことが端的に伺えるような、安定感のある演奏でした。

しかし逆に言うなら、全体的に聴き手の意表を突くような刺激性とは無縁である、いわば常套的で当り前の演奏に終始した、という風に言えなくもなく、そのあたりに聴いていて正直それなりの物足りなさも感じないではありませんでした。

確かに何ら奇を衒わずに音楽生来のロマンティズムを十分に汲み出そうとするようなグシュルバウアーの演奏ポリシーには、音楽の一面を強調するよりも様々な要素の均衡を大事にした演奏であるがゆえの味わい深さ、そういったものが潤沢に感じられたように思われますし、それはそれで一つの演奏ポリシーとして尊重されて然るべきものであるとも思いますが、特にドヴォルザークのような定番系の名曲に対しては、もう少し何らかの冒険なりを敢行してみるというのも一つの興ではないかという気も正直しました。

以上、いろいろ書きましたが当夜のコンサートは曲目自体が比較的ライトなものでしたので、厳しい残暑の続く中、いい暑気払いになりましたし、何より久しぶりに実演の音楽の雰囲気に触れて、暑さに少しバテ気味だったのがキリッと引き締まったような、爽快な気分でホールを後にしました。

コメント

 

コメント

 
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

Powered by FC2 Blog
Copyright © クラシックCD感想メモ All Rights Reserved.