引き続き、夏目漱石のベートーヴェン的なアナロジー


昨日の続きです。

NatsumeSoseki-02

まず私が挙げた一連の9作品を漱石の「主要作」とした理由についてですが、理由と言っても私としては別に変な選択はしていないつもりで、基本的には真っ当な選択と思っています。

まず「吾輩は猫である」と「坊っちゃん」については、まさか外すなんて有り得ない話ですし、「三四郎」「それから」「門」の、いわゆる「前期3部作」も外すなんて無理ですし、「彼岸過まで」「行人」「こころ」の、いわゆる「後期3部作」も、一体だれが外すんだ、ということになると思います。

したがって、ここで唯一、判断が分かれるのは「虞美人草」でしょう。この小説は、確かに現在でも評価が二分しています。つまり失敗作ではないかという意見も根強いところです。

ただ私自身この作品は大好きなので、何を言われようと入れます(笑)。

逆に9つに入れなかった作品についてですが、まず「明暗」ですが、これは超名作であることは全くもって論を待たないのですが、何と言っても未完作ですので、他作品と同列には扱えないという意味で外しました。「道草」は漱石の自伝小説なので、その意味で特殊ですし(それに正直あまり好きな作品でもない)、「草枕」は随筆的な色彩が強く、やはり特殊です。「野分」は名作ですが、これは短編ですし、主要作に含めるには少し弱いと言わざるを得ないでしょう。

以下、昨日の話の補足になりますが、もともと、漱石というのは実はベートーヴェンに似ているのではないかという私なりの着眼が出発点となっています。何より夏目漱石の書いた小説の主要作をひと通り読んだ時点で、そのジャンルなり、文体、構成、雰囲気といったものが、作品相互に著しく異なっている、という点に驚かされると同時に、直観的に「これはベートーヴェンの9つの交響曲に似ているのではないか」と感じたのです。周知のようにベートーヴェンの9つの交響曲というのも、9つの一つ一つが際立って個性的であり、相互に著しく相違していて、9曲の中に互いに似たような曲など基本的に含まれていません。

考えてみればベートーヴェンと夏目漱石は、西洋近代音楽史と日本近代文学史において、いずれも際立ってエポックメイキングな業績を残し、もしも各ジャンルにおいて彼らが存在しないと仮定した場合、その後のジャンルの歴史というものがおよそ想像もつかないような状態に陥ってしまう、というくらい、それぞれのジャンルにおいて後世に絶大な影響を与えた不正出の才人として認知されていることは論を待たないところです。

更にベートーヴェンと夏目漱石に共通する点として、ポピュラリティとキャパシティとの稀有なほどの両立関係を達成せしめているという点も見逃せないと思います。ともに、一見して間口が広くて入りやすいが、入ってみると途方もなく深くて底が見えない、そんな深遠さを保有するという感覚は、まさに双方の作品に共通する性質です。今日において、例えばベートーヴェン作品の録音が他のどの作曲家の録音と比べても、断然に多いこと、そして漱石の作品を扱った文献、いわゆる「漱石本」の出版数が、他のどの作家を扱った本の出版数と比べても、断然に多いこと、これらは偶然ではなく、いずれもそれだけ、時代を超えて人を惹きつけてやまない魅力を備えているからこその現象なのだろうと思われます。

そして、両者とも「フォルマニスト」、つまり形式重視者であった点。ベートーヴェンの場合は、もちろん「ソナタ形式」と切っても切れないという点ですが、夏目漱石の場合も、その作品には明らかにフォルマニズム、つまりフォルムに対する拘りが強く伺われ、それは同時代の作家の作品と比べてみれば歴然です。そのフォルマニズムが時に「気取り」と取られ、時に「余裕派」という悪名を被ったりもしますが、むしろ漱石の場合は基本的に俳句や漢詩の強固な形式性が小説にも導入されている、という側面が強いようです。

もっとも漱石の小説がベートーヴェンの交響曲に対応すると言っても、そもそもベートーヴェンは交響曲だけ書いて残したわけでなく、特に「交響曲」と「ピアノ・ソナタ」と「弦楽四重奏曲」とが創作の3本柱だったはずだが、そのへんはどうするんだと思われるかもしれません。しかし夏目漱石の場合も別に小説だけ書いて残したわけでなく、特に「小説」と「俳句」と「漢詩」とが創作の3本柱だったわけですから、このあたりの点でも絶妙に対応しているように思われます。

さらには、彼らの後に続く世代(ロマン派の作曲家、白樺派の作家)に対する絶大な影響力という点でも、かなり似ています。シューベルト、ブラームス、ブルックナー、マーラーといったロマン派の作曲家が、どれだけベートーヴェンに敬意を払ったか、おそらくクラシック愛好家なら誰でも知るところですし、同じように武者小路実篤、志賀直哉といった白樺派の作家が、どれだけ漱石に敬意を払ったか、おそらく文学愛好家なら誰でも知るところだと思います。

ついでに、夏目漱石というと強迫神経症に悩まされたこと、癇癪もちであったことなども有名ですが、これらはベートーヴェンにも当てはまります。

以上、いろいろ書きましたが、基本的に以上のような切り口から、これから漱石の各小説を個別に取り上げてみたいと思う次第です。

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