サロネン/フィルハーモニア管によるマーラー交響曲第9番


マーラー 交響曲第9番
 サロネン/フィルハーモニア管弦楽団
 シグナム・クラシックス 2009年ライヴ SIGCD188
SIGCD188

英シグナム・クラシックスより先般リリースされた、エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏による、マーラー交響曲第9番のCDを聴きました。2009年3月のロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールでのライヴ録音です。

サロネン/フィルハーモニア管というと今年の6月に来日公演を聴いたばかりで、そこで耳にしたシベリウスはサロネンならではと言うべき卓抜した演奏内容でしたし、今年の秋にもサロネンはウィーン・フィルの指揮者として来日しマーラーの交響曲第9番を振る予定ですが、そのチケットも既に確保しているところで、その秋の公演の試金石にもなるかもしれないと思って、このマーラーの新譜を購入しました。

それで聴いてみると、全体的に重厚感こそ希薄であるものの、メロディの鋭い切れ味やリズムの張りのある弾力感といった特色を押し出しつつ、アーティキュレーションを実に細かく描き分けていながらフレーズの進行を停滞なくスムーズに流していく作法といい、ハーモニーにおける考え抜かれたような遠近のバランス(弱音展開などマニアックなくらいの細やかさ!)といい、いずれもサロネンならではというような凝りに凝って彫像された個性的なマーラーであり、例えば耽美性ばかり強調せんがためハーモニーを極彩色で塗りつぶすような愚にも程遠い、その情報量たっぷりのハーモニーのパースペクティヴに聴いていて強く惹き込まれる思いです。

しかし、この演奏を聴いて私が真に凄いと感じたのは、そういった音響的な洗練で聴かせる一辺倒の演奏だけに留まっていない点にあり、ここぞという時のフォルテッシモでは暴力的なほどに金管を咆哮させ、打楽器を激打し、トッティを壮烈に鳴らし切ったような凄味がみなぎり、いずれも単に美しいだけの生ぬるいマーラーとは一線を画した抜群の訴求力が付帯されており、そこには何かサロネンのマーラーに対する内的な表現衝動が、その洗練された音楽のフォルムの中から時おり激しく噴出するかのような印象さえ感じます。とりわけ第1楽章(16:57)での最強奏に聴かれる震撼的な迫力は総毛立つほどであり、まさに破滅的とも破局的ともつかない、その全てが燃え尽きるような白熱感に聴いていて胸をえぐられんばかりです。

こうして聴いてみると、この演奏においては例えばユダヤ系の指揮者がマーラーを振る時に、しばしば示すような強烈な気質とも、一風ちがったアプローチで、この作品ならではの精神的明暗が激しく交代する、その揺さぶりが絶妙に表現されている点に、あらためて驚かされました。基本的なスタンスとしてフレージングの一点もゆるがせにしない、凝りに凝ったアンサンブルの彫像という方向性から、ある時には獰猛なまでの牙を容赦なく剥き出しにする、その痛烈な変転性において、マーラーの音楽とは、やはりこういったものだという説得力を強固に感じます。

そして、やはりサロネンはマーラー指揮者なのだと思いました。これまでサロネンはマーラーのレコーディングに関しては、ロス・フィルを指揮した3番、4番、「大地の歌」の3曲のみであり、いずれも声楽付きの比較的地味な作品に留まっていましたが、今回の9番で、彼のマーラー指揮者としての真価が浮き彫りにされたような、そんな気がします。

ウィーン・フィルとの来日公演では、どのようなマーラーを聴けるか、俄然たのしみになりました。

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