「寺田寅彦随筆集」第4巻より「蒸発皿」から「神話と地球物理学」までの6編


寺田寅彦のエッセイですが、今回は「蒸発皿」「記録狂時代」「感覚と科学」「涼味数題」「錯覚数題」「神話と地球物理学」を取り上げます。なお、テキストは青空文庫のものをコピーして使わせていただきました。

Torahiko-Essay-Collection-4

蒸発皿
(昭和八年六月、中央公論)

「亀井戸まで」「エレベーター」「げじげじとしらみ」「宇宙線」の4編からなるショート・エッセイ集。

「亀井戸まで」では、夜風が寒い晩に道を歩いていると、いかにも身すぼらしい風をした三十格好と思われる病身そうな男に出会った、という体験が話題とされます。男の背中には五六歳ぐらいの男の子が、さもくたびれ果てたような格好でぐったりとして眠っている。男は寅彦に、興奮したような口調で、亀井戸への道を尋ねる。寅彦は男に、亀井戸の大まかな方角を教えて別れる・・・

 しばらく行き過ぎてから、あれは電車切符をやればよかったと気がついた。引っ返して追い駆けてやったら、とは思いながら自分の両足はやはり惰性的に歩行を続けて行った。しかし、また考えてみると、近ごろ新聞などでよく、電車切符を人からねだっては他の人に売りつける商売があるという記事を見ることがある。この男は別に切符をくれともなんとも言いはしなかったが、しかし、あの咄嗟の場合に、自分が、もう少し血のめぐりの早い人間であったら、何も考えないで即座に電車切符をやらないではおかないであったろうと思われるほどに実に気の毒な思いをそそる何物かがあの父子の身辺につきまとっていたではないか。

ここから寅彦は、以下のように随想を進めていきます。

 そうは言うものの、やはり初めの仮説に基づいてもう一ぺん考え直してみると、異常な興奮に駆られ家を飛び出した男が、夜風に吹かれて少し気が静まると同時に、自分の身すぼらしい風体に気がついておのずから人目を避けるような心持ちになり、また一方では内心の苦悩の圧迫に追われて自然に暗い静かな所を求めるような心持ちから、平生通ったこともないこの区域に入り込んだと仮定する。見慣れぬビルディング街の夜の催眠術にかかって、いつのまにか方角がわからなくなってしまう、ということは、きわめて有りそうなことである。それが、たださえ暗い胸の闇路を夢のようにたどっている人間だとすれば、これはむしろ当然すぎるほど当然なことである。それで急に道を失ったと気がついて、はっとした時に、ちょうど来かかった人にいきなり道を聞くのになんの不思議もないことである。
 しかし、こんなことを考えている元のおこりはと言えば、ただかの男が自分に亀井戸への道を聞いたというきわめて簡単なただそれだけの事実に過ぎない。たったそれだけの実証的与件では何事も実証的に推論できるはずはない。小説はできても実話はできないのである。
 こんなことを考えながら歩いているうちに、いつのまにか数寄屋橋に出た。明るい銀座の灯が暗い空想を消散させた。

そして最後は、以下のように重く締め括られています。

 それにしても、あれはやはり電車切符ぐらいをやったほうがよかったような気がする。もしだまされるならだまされても少しも惜しくはなかったであろう。そんな芝居をしてまでも、たった一枚の切符を詐取しなければならない人がかりにあるとすれば、それほどに不幸な哀れな人がそうざらにたくさんこの世にあるであろうとは思われない。これに反して、こんな些細な事実を元にしてこんな無用な空想をたくましゅうしていられるような果報な人間もいるのである。やはり切符をやればよかったのである。

「宇宙線」では、上空から常に降り注いでいる宇宙線が、実は人間の自由意思に干渉しているのではないか、という随想が披歴されます。

 宇宙線が脳を通過する間に脳を組成するいろいろな複雑な炭素化合物の分子あるいは原子の若干のものに擾乱を与えてそれを電離しあるいは破壊するのは当然の事であるが、その電離または破壊が脳の精神機能の中枢としての作用になんらかの影響を及ぼすことがあるかもしれないと想像することは、決して科学的に全く不合理のことではないように思われる。
 ・・・
 人間の自由意志と称するものは、有限少数な要素の決定的古典的な物理的機巧では説明される見込みのないものであるが、非常に多数な要素から成り立つ統計的偶然的体系によって説明される可能性はあるであろう。そういう説明が可能となった暁には、この宇宙線のごときもその自由意志の物理的機巧の一つの重要な役目をもつものとして幅をきかすようにならないとも限らない。

なお、ここでは「人間の自由意志と称するものは、有限少数な要素の決定的古典的な物理的機巧では説明される見込みのないものである」として、いわゆる「ラプラスの魔」を否定した上での話である点には注意すべきかと思います。

記録狂時代
(昭和八年六月、東京朝日新聞)

 何事でも「世界第一」という名前の好きなアメリカに、レコード熱の盛んなのは当然のことであるが、一九二九年はこのレコード熱がもっとも猖獗(しょうけつ)をきわめた年であって、その熱病が欧州にまでも蔓延した。この結果としてこの一年間にいろいろの珍しいレコードが多数にできあがった。それら記録の中で毛色の変わったのを若干拾いだした記事が机上の小冊子の中で見つかったから紹介する。

ここにいう「レコード」というのは音楽を聴くためのレコードではなく、「記録」のことを指しています。

七十九秒間に生玉子を四十個まるのみしてレコードを取った人の話に始まり、シガー一本をできるだけゆっくり時間をかけて吸うという競技で優勝の栄冠を獲た人の話、一枚のはがきに十四年も費やして一万七千百三十一語を書き込んでレコードを取った人の話、タイピストで一分に九十六語を打ってレコードを取った人の話、八十二時間ピアノをひき通してレコードを取った人の話、などなど。

そうして、以下のように「レコード至上主義」をチクリと揶揄しているのです。

 数字のレコードで優勝したとしても、その人が、その数字の代表する量の大小以外の点でもすぐれているという証拠には決してならない。これは明白なことであるが、しかし、往々忘れられ勝ちな事実である。帽子のサイズのレコード保有者は必ずしも足袋の文数のレコードをもっていると限らない。百メートル競走の勝利者は千メートルでびりにならないとも限らない。気球に乗って一万メートルの高さにのぼって目をまわしておりて来たというだけの人と、九千メートルまでのぼってそうして精細な観測を遂げて来た人とでは科学的の功績から採点すればどちらが優勝者であるか、これは問題にもならない。

感覚と科学
(昭和八年八月、科学)

近代の物理科学(たとえば量子物理学など)が、人間の五感による計測と無関係な領域に向かって突き進んでいることに対する懐疑を述べたエッセイ。

「器官の機構は、あらゆる科学の粋を集めたいかなる器械と比べても到底比較にならないほど精緻をきわめたものである。これほど精巧な器械を捨てて顧みないのは誠にもったいないような気がする」と述べ、いかに実験機器が発達したとしても、人間の五感の活用というものが物理学の発展の上で重要であるという考えが開陳されています。

涼味数題
(昭和八年八月、週刊朝日)

 われわれ日本人のいわゆる「涼しさ」はどうも日本の特産物ではないかという気がする。シナのような大陸にも「涼」の字はあるが日本の「すずしさ」と同じものかどうか疑わしい。ほんのわずかな経験ではあるが、シンガポールやコロンボでは涼しさらしいものには一度も出会わなかった。ダージリンは知らないがヒマラヤはただ寒いだけであろう。暑さのない所には涼しさはないから、ドイツやイギリスなどでも涼しさにはついぞお目にかからなかった。ナイアガラ見物の際に雨合羽(あまがっぱ)を着せられて滝壺(たきつぼ)におりたときは、暑い日であったがふるえ上がるほど「つめたかった」だけで涼しいとはいわれなかった。

ここでは何といっても「涼しさ」を日本の特産物と捉える発想が興味深いところです。

さらに「少なくも日本の俳句や歌に現われた涼しさはやはり日本の特産物で、そうして日本人だけの感じうる特殊な微妙な感覚ではないかという気がする」、「この日本的の涼しさを、最も端的に表現する文学はやはり俳句にしくものはない。詩形そのものからが涼しいのである」として、夏目漱石の俳句集から「涼しい」数句が例示されます。

 いろいろなイズムも夏は暑苦しい。少なくも夏だけは「自由」の涼しさがほしいものである。「風流」は心の風通しのよい自由さを意味する言葉で、また心の涼しさを現わす言葉である。南画などの涼味もまたこの自由から生まれるであろう。
 風鈴の音の涼しさも、一つには風鈴が風に従って鳴る自由さから来る。あれが器械仕掛けでメトロノームのようにきちょうめんに鳴るのではちっとも涼しくはないであろう。また、がむしゃらに打ちふるのでは号外屋の鈴か、ヒトラーの独裁政治のようなものになる。自由はわがままや自我の押し売りとはちがう。自然と人間の方則に服従しつつ自然と人間を支配してこそほんとうの自由が得られるであろう。
 暑さがなければ涼しさはない。窮屈な羈絆(きはん)の暑さのない所には自由の涼しさもあるはずはない。一日汗水たらして働いた後にのみ浴後の涼味の真諦(しんたい)が味わわれ、義理人情で苦しんだ人にのみ自由の涼風が訪れるのである。

ヒトラーの独裁政治がチクリと批判されています。もっとも後年、日本がナチス・ドイツと軍事同盟を結ぶことは、さしもの寅彦でも予期できなかったようです。

最後に「涼味の話がつい暑苦しくなった」と、気の利いたオチが付けられています。

錯覚数題
(昭和八年八月、中央公論)

目の錯覚をテーマとした5編のショート・エッセイ集。なかでも「錯覚利用術」が滅法おもしろい。

まず「目のたよりにならぬ話」として、以下のような他愛もない話から入ります。

 急に暑くなった日に電車に乗って行くうちに頭がぼうっとして、今どこを通っているかという自覚もなくぼんやり窓外をながめていると、とあるビルディングの高い壁面に、たぶん夜の照明のためと思われる大きな片かなのサインが「ジンジンホー」と読まれた。どういうわけか、その瞬間に、これは何か新しい清涼飲料の広告であろうという気がした。しかしその次の瞬間に電車は進んで、私は丸の内「時事新報」社の前を通っている私を発見したのであった。
 宅に近い盛り場にあるある店の看板は、人がよく「ボンラクサ」と読んでなんのことだろうと思うそうである。丸の内の「グンデルビ上海」の類である。東海道を居眠りして来た乗客が品川で目をさまして「ははあ、はがなしという駅が新設になったのかなあ」と言ったのも同様である。

後半で品川を「はがなしという駅」と書くことで、「ボンラクサ」が「サクランボ」を、「グンデルビ上海」が「海上ビルデング」を指していると分かる仕掛けになっています。

そして、こういう錯覚を、新聞報道が利用して読者をたぶらかしているのではないか、という話に及びます。

 たとえば、ある学者が一株の椿(つばき)の花の日々に落ちる数を記録して、その数の日々の変化異同の統計的型式を調べ、それが群起地震の日々あるいは月々の頻度の変化異同の統計的型式と抽象的形式的に類型的であるという論文を発表したとする。そのような、ほんのちょっとした論文の内容がどうかすると新聞ではたいした「世界的」な研究になったり、ラジオでまで放送されて、当の学者は陰で冷や汗を流すのである。この新聞記事を読んだ人は相当な人でも、あたかも「椿の花の落ち方を見て地震の予知ができる」と書いてあるかのような錯覚を起こす。そうして学者側の読者は「とんでもなく吹いたものだ」と言って笑うかおこるかである。ところでその記事をよくよく読んでみるとちっとも、そんなうそは書いてないのである。ともかくもその論文の要点はそんなにひどく歪曲されずに書いてある。それなのに、活字の大小の使い分けや、文章の巧妙なる陰影の魔力によって読者読後の感じは、どうにも、書いてある事実とはちがったものになるのである。実に驚くべき芸術である。こういうのがいわゆるジャーナリズムの真髄とでもいうのであろう。

「こういうのがいわゆるジャーナリズムの真髄」と言うあたり、すごい皮肉を効かせています。

 この術は決して新しいものではなくて、古い古い昔から、時には偉大なる王者や聖賢により、時にはさらにより多く奸臣(かんしん)の扇動者によって利用されて来たものである。前者の場合には世道人心を善導し、後者の場合には惨禍と擾乱(じょうらん)を巻き起こした例がはなはだ多いようである。いずれもとにかく人間の錯覚を利用するものである。
 もしも人間の「目」が少しも錯覚のないものであったら、ヒトラーもレーニンもただの人間であり、A一A事件もB一B事件も起こらず、三原山(みはらやま)もにぎわわず、婦人雑誌は特種を失い、学問の自由などという言葉も雲消霧散するのではないかという気がする。しかしそうなってははなはだ困る人ができてくるかもしれない。「錯覚」を食って生活している人がどのくらいあるかちょっと見当がつかないのである。

神話と地球物理学
(昭和八年八月、文学)

日本の神話伝説中の記述を、日本の国土特有の自然現象と結びつけて考えるという、寅彦らしい捻りの効いたエッセイ。

例えば天手力男命(あめのたぢからおのみこと)が、引き明けた岩戸を取って投げたのが、虚空はるかに消し飛んで現在の戸隠山(とがくしやま)になったという話を、その実態は火山爆発ではないかと考察しています。

神話と地球物理という、明らかに異質な2つの事象を並べて、その異質性により常識的な価値観に揺さぶりを掛けるというのは寅彦のエッセイにおける常套手段のひとつですが、その持ち味が本エッセイでも良く発揮されています。

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