「寺田寅彦随筆集」第4巻より「鐘に釁(ちぬ)る」から「藤の実」までの7編


寺田寅彦のエッセイですが、今回から「寺田寅彦随筆集」第4巻に収録の作品を順次、取り上げていきます。

Torahiko-Essay-Collection-2

この巻の収録作品のタイトルは以下の通りです。

鐘に釁(ちぬ)る
北氷洋の氷の割れる音
鎖骨
火事教育
ニュース映画と新聞記事
自然界の縞模様
藤の実
銀座アルプス
コーヒー哲学序説
空想日録
映画雑感Ⅱ
映画「マルガ」に現われた動物の闘争
物質群として見た動物群
蒸発皿
記録狂時代
感覚と科学
涼味数題
錯覚数題
神話と地球物理学
試験管
科学と文学
科学者とあたま
沓掛より
さるかに合戦と桃太郎
人魂の一つの場合
思い出草
踊る線条
ジャーナリズム雑感
函館の大火について
庭の追憶
藤棚の陰から
とんびと油揚

以上32編。

今回は「鐘に釁(ちぬ)る」から「藤の実」までの7編を取り上げます。なお、テキストは青空文庫のものをコピーして使わせていただきました。

鐘に釁(ちぬ)る
(昭和八年一月、応用物理)

むかし中国で、鐘を鋳た後、鐘の割れ目に牛羊の鮮血を塗ったことが伝えられていることにつき、その物理学的な意味について想像を巡らせるという一編。

これは宗教的な意義だけでなく、金属と油脂類との間の吸着力を利用して、割れ目のために生じた鐘の欠点を補正し、鐘の振動を完全にする意図があったのではないかと指摘します。短いエッセイながら、寅彦の鋭い洞察力が凝縮されている一編です。

北氷洋の氷の割れる音
(昭和八年一月、鉄塔)

 一九三二年の夏の間に、シベリアの北の氷海を一艘のあまり大きくない汽船が一隊の科学者の探険隊を載せて、時々行く手をふさぐ氷盤を押し割りながら東へ東へと航海していた。しかしその氷の割れる音は科学を尊重するはずの日本へ少しも聞こえなかった。満州問題、五・一五事件、バラバラ・ミステリーなどの騒然たる雑音はわれわれの耳を聾していたのである。ところが十一月になってスクリューを失った一艘の薄ぎたない船が漁船に引かれて横浜へ入港した。船の名はシビリアコフ号、これがソビエト政府の北氷洋学術研究所所属の科学者数名を載せて北氷洋をひと夏に乗り切ったものであるということが新聞で報ぜられた。それでもわれわれはまだかの有名なバラバラ事件の解決以上の興味を刺激されることもなくて実にのんきにぼんやりしていたのである。
 O氏の主催で工業クラブに開かれた茶の会で探険隊員に紹介されてはじめて自分のぼんやりした頭の頂上へソビエト国の科学的活動に関する第一印象の釘を打ち込まれたわけである。

以上のような書き出しで始まり、1932年11月にソビエト政府の北氷洋学術研究所所属の調査船シビリアコフ号が横浜に入港した際に、その調査船の隊員を通して、ソビエトの現在の科学技術力の実態を伝え聴くに及び、近い将来ソビエトが日本にとって脅威になるであろうことを予見しています。

 ソビエト政府はこれらの学術的探険のために五百五十万ルーブリを投じたそうである。東洋の学術国日本の政府が学術のために現にどれだけの金を出しているかが知りたいものである。
 新聞で見るとソビエトの五か年計画の一つとしてハバロフスクに百三十キロの大放送局を建設し、イルクーツク以東に二十キロ以上の放送局を五十か所作るということである。これが実現した暁には北西の空からあらゆる波長の電磁波の怒濤が澎湃(ほうはい)としてわが国土に襲来するであろう。
 思想などというものは物質的には夢のようなものである。・・・しかし科学的物質的の侵略の波は決して夢のようなものではない。これにはやはり科学的物質的の対策を要する。将来の外交はもはやジュネヴで演説をしたり、たんかを切ってうれしがるだけではすまなくなるであろう。北氷洋に中央アジアに、また太平洋に成層圏に科学的触手を延ばして一方では世界人類の福利のために貢献すると同時に、他方ではまた他の科学国と対等の力をもって科学的な競技場上に相(あい)角逐(かくちく)しなければおそらく一国の存在を確保することは不可能になるであろうと思われる。まさにこの意味においても日本が今「非常時」に際会していることを政府も国民も考えてもらいたいものである
 北氷洋の氷の割れる音は近づく運命の秋を警告する桐(きり)の一葉の軒を打つ音のようにも思われるのである。

これは、ソビエトが日本に参戦する13年前に書かれたエッセイです。ここでも寅彦の慧眼に驚かされます。

鎖骨
(昭和八年一月、工業大学蔵前新聞)

子供が階段から落ち、鎖骨を折るという大怪我をしたというエピソードに基づくエッセイ。

 鎖骨というものはこういう場合に折れるためにできているのだそうである。これが、いわば安全弁のような役目をして気持ちよく折れてくれるので、その身代わりのおかげで肋骨その他のもっとだいじなものが救われるという話である。
 地震の時にこわれないためにいわゆる耐震家屋というものが学者の研究の結果として設計されている。筋かい方杖(ほうづえ)等いろいろの施工によって家を堅固な上にも堅固にする。こうして家が丈夫になると大地震でこわれる代わりに家全体が土台の上で横すべりをする。それをさせないとやはり柱が折れたりする恐れがあるらしい。それで自分の素人考えでは、いっその事、どこか「家屋の鎖骨」を設計施工しておいて、大地震がくれば必ずそこが折れるようにしておく。しかしそのかわり他のだいじな致命的な部分はそのおかげで助かるというようにすることはできないものかと思う。こういう考えは以前からもっていた。時々その道の学者たちに話してみたこともあるが、だれもいっこう相手になってくれない。

このエッセイも、なにげなく書かれているようでいて、読んでいてハッとさせられます。特に耐震設計の構想など、普通の人間には、ここまでの大胆な思考は働かないですし。

火事教育
(昭和八年一月)

 昭和7年12月16日に発生した東京白木屋本店火災(店員14人が焼死、日本初の高層建築の火災例とされる)の大惨事に関するエッセイ。火災に関する心得があれば、これほどの惨事は防げたはずとし、ソビエトにおける火事教育の事例を引き合いに出しつつ、日本における火事教育導入の必要性を痛切に訴えています。

ニュース映画と新聞記事
(昭和八年一月、映画評論)

ニュース映画が将来、新聞記事に取って代わるまでに成長するのではないか、という予想が語られています。ニュース映画に期待するというより、どうも新聞記事の弊害を痛烈に批判するのが狙いのようで、常に紋切型の修辞に終始する新聞記事の面白味の欠如を痛切に批判しているのです。

 新聞記事というものは、読者たる人間の頭脳の活動を次第次第に萎縮させその官能の効果を麻痺させるという効能をもつものであるとも言われる。これはあるいは誇大の過言であるとしても、われわれは新聞の概念的社会記事から人間界自然界における新しき何物かを発見しうる見込みはほとんど皆無と言ってよい。しかるに一見なんでもないような市井の些事を写したニュース映画を見ているときに、われわれおとなはもちろん、子供ですら、時々実に驚くような「発見」をする。それはそのはずである。映画はある意味で具象そのものであって、その中には発見されうべき真なるものの無限の宝庫が隠れているからである。こういう点では新聞の社会記事というものは言わば宝の山の地図、しかも間違いだらけの粗末な地図以上の価値はないと言ってもよい。・・・
 ずっと前に、週刊ロンドン・タイムスで、かの地の裁判所における刑事裁判の忠実な筆記が連載されているのを、時々読んでみたことがある。それはいかなる小説よりもおもしろく、いかなる修身書よりも身にしみ、またいかなる実用心理学教科書よりも人間の心理の機微をうがったものであった。今、もしも、こういう場面の発声ニュース映画の撮影映画が許容されるとしたら、どうであろう。多少の弊害もあるかもしれないが、観客に人間の本性に関する「真」の一面の把握を教えるものとしてはおそらく絶好な題目の一つとなるであろう。こういう種類のテーマでまだ従来取り扱われなかったものを捜せばいくらでも見つかりそうな気がする。近ごろ見たニュースの中で実におもしろかったのはオリンピック優勝選手のカメラマイクロフォンの前に立ったときのいろいろな表情であった。言葉で現わされない人間の真相が躍然としてスクリーンの上に動いて観客の肺腑に焼き付くのであった。・・・
 広い意味でのニュース映画によって、人間は全く新しい認識の器官を獲たと言ってもはなはだしい過言ではない。そういう新しい人間としてはわれわれはまだほんの孩児(がいじ)のようなものである。したがって期待されるものはニュース映画の将来である。演劇的映画などは一日一日に古くなっても、ニュース映画は日に日に新たに、永久に若き生命を保つであろうと思われる。そういう将来における新聞はもはや社会欄なるものの大部分を喪失しているか、さもなければ、ほんとうの意味での「記事」となって、真に正確で啓発的な記述に変わってしまっているであろう。

まだテレビというものさえ無かった時代に書かれたエッセイですが、ここでの寅彦の見識は現在においてはテレビ報道のニュース映像において受け継がれています。

自然界の縞模様
(昭和八年二月、科学)

自然界に天然に生ずる様々な縞模様に関する科学的考察を綴ったエッセイ。ガラスや氷を割った時の割れ目のパターン、金平糖の凹凸の出来具合などが例に採られ、これまで、あまり物理学の研究の俎上に登っていなかった事柄に目を向けるように若手研究者に提言する形になっています。自然界のパターンの形成原理という観点では、後年に確立されるフラクタル理論などの先駆けを成す発想とも言えるかも知れません。

藤の実
(昭和八年二月、鉄塔)

ある日の夕方、自宅の庭の藤棚の藤豆が跳ねて、その実の一つが居間の机に座っていた寅彦へ飛んで来た、というエピソードを踏まえての短いエッセイ。その日に限って、申し合わせたように庭の藤の実が一斉に弾け飛んだ偶然に対して、なにか人智を超えた力が作用しているのではないかという風に想像を巡らせています。

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