10年前に観たオペラ公演の感想録


昨日のブログ更新で、トリノ王立歌劇場の来日公演・プッチーニ「ボエーム」の感想を出しましたが、その中で、ロドルフォを歌ったマルセロ・アルバレスを実演で聴くのは今回が2度目で、私が最初に聴いたのは、2001年フィレンツェ歌劇場来日公演のヴェルディ「椿姫」でのアルフレードだった旨を書きました。
  
それに関連してというわけでもないですが、今日は私が10年くらい前に観たオペラ公演を、ちょっと取り上げてみたいと思います。

10年くらい前、具体的には2000年初頭から2001年の夏までの約1年半の間に私が観たオペラ公演は、以下の通りです。

①ヴェルディ 歌劇「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」
 藤原歌劇団公演 
 2000年3月18日 東京文化会館

②ヴェルディ 歌劇「リゴレット」
 新国立劇場オペラ公演
 2000年6月20日 新国立劇場

③ヴェルディ 歌劇「リゴレット」
 ミラノ・スカラ座来日公演
 2000年9月15日 NHKホール

④ヴェルディ 歌劇「運命の力」
 ミラノ・スカラ座来日公演
 2000年9月16日 東京文化会館

⑤ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」
 ベルリン・フィル来日公演
 2000年11月23日 東京文化会館

⑥ヴェルディ 歌劇「マクベス」
 藤原歌劇団公演
 2001年2月4日 東京文化会館

⑦ヴェルディ 歌劇「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」
 フィレンツェ歌劇場来日公演
 2001年3月27日 東京文化会館

⑧ワーグナー 楽劇「ラインの黄金」
 新国立劇場オペラ公演
 2001年3月30日 新国立劇場

⑨ヴェルディ 歌劇「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」
 フェニーチェ歌劇場来日公演
 2001年6月30日 オーチャード・ホール

⑩ヴェルディ 歌劇「シモン・ボッカネグラ」
 フェニーチェ歌劇場来日公演
 2001年7月1日 オーチャード・ホール

、、、、何と言いますか、演目的に、明らかに偏っています。「お前、一体どれだけヴェルディ好きなんだ」って言われそう。まあ実際、昔は好きでしたし、、、

なお、以上の10公演すべて、私が昔ホームページに書いた感想が手元に残っていますので、せっかくなので、それを以下、そのままブログに転載することにしました。10年も前のオペラ公演の感想ではありますが、宜しければ御覧いただければと思います。

①藤原歌劇団公演 ヴェルディ歌劇「ラ・トラヴィアータ」
 2000年3月18日 東京文化会館
 指揮:アラン・ギンガル
 演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
 主要キャスト
   ヴィオレッタ:マリエッラ・デヴィーア
   アルフレード:オクタビオ・アレーバロ
   ジェロモン:折江忠道(ダヴィデ・ダミアーニの代役)

デヴィーアは現在ベッリーニやドニゼッティといったベルカント・オペラの分野において抜群の評価を享受しているソプラノ歌手だが、そのデヴィーアのベルカント唱法があれほどヴィオレッタのキャラクタに対しフィットするとは予想外だった。基本的な歌唱ラインとしての発声ボリュームに頼ることのない線の細くきびきびと脈動的な歌い回し、それでいて主人公が激しく激高する場面や喜悦に浸る場面のようなここぞという聴かせどころでの高音から超高音域における強力な発声パワーに拠る局所的インパクトという2側面の織り成す歌唱上の起伏感が素晴らしい。アルフレード役アレーバロは第1幕の「乾杯の歌」などで情熱的というよりちょっと楽天的に傾いたような歌い回しがいささか気になったが、全体としては朗々たる発声と豊かな歌謡性を主体とする表情的な歌唱スタイルがこの役柄に良く合っていた。ジェロモン役の折江忠道は風邪でキャンセルしたダミアーニの代役起用だったが、印象としては極めて豊かな声量で威厳たっぷりといった感じで、第2幕でのヴィオレッタとのニ重唱ではなかなかいい味を出していたと思うが、第3幕の後半でも第2幕とキャラクタの印象が変わらないように感じられたあたりなどいまひとつ望みたいところで、発声も几帳面なのは好感的としても、もう少しラテン的な歌唱の流れがあってもいいかと感じた。演出面で光っていた点は、ラストのヴィオレッタ絶命の場面で敢えて絶命して倒れる場面を描かずにヴィオレッタが舞台後方の光の中に静かに歩みつつ幕となっていたことで、あたかも天に召されるような宗教的救済性を意識させるような趣きが表現されているようで感動的に映った。

②新国立劇場オペラ公演 ヴェルディ歌劇「リゴレット」
 2000年6月20日 新国立劇場
 指揮:レナート・パルンボ
 演奏:新星日本交響楽団
 主要キャスト
   リゴレット:アレクサンドル・アガーケ
   ジルダ:アンドレア・ロスト
   マントヴァ公爵:ピエトロ・バッロ(第1・第2幕)
   マントヴァ公爵:ティート・ベルトラン(第3幕)

当初予定されていたレオ・ヌッチの代役としてリゴレット役にキャストされたアレクサンドル・アガーケは、全体的に声質がジメっとしていて、やや陰にこもったような響きに傾斜していたように感じたが、そのあたりに起因してかシナリオが後半に進むにつれて主人公に対する苛酷な運命の影が色濃くなるあたりの感嘆的機微の表現力に見るべきものがあった。逆に言うならシナリオ前半~中盤にかけての「道化」的な趣きというか表現力にやや難があって、要するにストーリの最初と最後でそれほど発声の調子が切り替わらず、画一的に流れているような嫌いもあった。また、全体的に演技面ににもうちょっと気合を入れてもらいたいような場面も少なからずあり、例えば第2幕中盤でジルダを助けるために廷臣達の集団に突っ込んで行く場面とか、第3幕終盤で瀕死の死体の正体をジルダと認める場面とかのリアクションが、いずれもかなり緩慢的な動きで、このあたりなど少なくともレオ・ヌッチの迫真的な演技レベルには遠く及ばないと言わざるを得ない。ジルダ役アンドレア・ロストはおそらく同キャストのひとつの理想形的歌唱だ。技巧的にしっかりとしたリリコ・コロラトゥーラの属するソプラノ歌手にも関わらず総じて発声面での音階の推移が非常に滑らかで、総じて鋭角的に挑まないナチュラルな旋律的カンタービレが堅持されていて、およそコロラトゥーラの技巧的冷たさとは無縁な気品に満ちていた。対してメイン・キャスティング上の最大のネックがマントヴァ公爵役のピエトロ・バッロで、全体的に高音域の発声が実に苦しい上に歌唱の音階トレースが大味に流れという始末で、挙句に第2幕最初の例のレチタティーヴォとカヴァティーナの場面を歌い終えた時点で複数の観客席から強烈なブーイングを受けてしまい、それで気分を害したのか第2幕までで途中降板してしまったのである。

③ミラノ・スカラ座来日公演 ヴェルディ歌劇「リゴレット」
 2000年9月15日 NHKホール
 指揮:リッカルド・ムーティ
 演奏:ミラノ・スカラ座管弦楽団
 主要キャスト
   リゴレット:アルベルト・ガザーレ
   ジルダ:アンドレア・ロスト
   マントヴァ公爵:ラモン・ヴァルガス
   スパラフチーレ:パータ・ブルチュラーゼ

タイトルロールのアルベルト・ガザーレは次代を担うベルディ・バリトンのひとりとして若手注目株的な評価を得ている実力派歌手だが、やはりその年齢的な制約に起因してレオ・ヌッチを頂点とする歴代のベテラン・リゴレット歌いと比肩するまでの深みのある円熟的歌唱表現までは、さすがに未到達といった印象を受けた。しかし全体的にイタリア・オペラの様式にナチュラルにフィットしたインテリジェンスな歌唱力の妙味が光っていて、特に幕が進むにつれての主人公の心理的移ろいにクレバーに対応する、微妙な喜怒哀楽的陰影に対しての配慮の行き届いた緻密な表現力、深々とした発声の抱擁力、および迫真の演技力という3点において非凡な素質が感じられ、少なくとも今年6月に新国で聴いたアレクサンドル・アガーケよりは同役として力量的に一枚上かと思われた。ジルダ役アンドレア・ロストはその今年6月の新国の舞台でも同役を歌っていたのを聴いたが、あらためてその歌唱の素晴らしさを認識させられた。マントヴァ公爵役ラモン・ヴァルガスは何となくかつてのドミンゴに近いような感触の歌唱で、全体的に高音部における発声の力感が光っていた。第2幕でのジルダとの二重唱など高音の伸びの面でロストにやや押され気味といった感もあったが、第3幕のカンツォーネ「女心の歌」などかなりヒロイックな歌いまわしでそのキャラクタの存在感を大いに印象付けていた。 ムーティの指揮は、オペラ全編を通して感情に流れたような恣意的運用性を一切感じさせない揺るぎ無い音楽的安定感という面において、彼のヴェルディ演奏に対する完成された様式美としての持ち味が活かされていた。なお本公演はスカラ座側の要望により字幕スーパー表示の無いオペラ上演とされた。初めての経験だったが、字幕を気にして舞台に対する集中度が下手に削がれることも無く、舌足らずのチープな邦訳が目に入って舞台の興が削がれるということも無く、これは意外と良いこと尽くめではないかと思う。

④ミラノ・スカラ座来日公演 ヴェルディ歌劇「運命の力」
 2000年9月16日 東京文化会館
 指揮:リッカルド・ムーティ
 演奏:ミラノ・スカラ座管弦楽団
 主要キャスト
   ドン・アルヴァーロ:サルヴァトーレ・リチートラ
   レオノーラ:マリア・グレギナ
   ドン・カルロ:アンブロージョ・マエストリ
   プレツィオシッラ:ルチアーナ・ディンティーノ

こちらは「リゴレット」と比べても一段と素晴らしい舞台だった。レオノーラ役マリア・グレギナは、当代随一のドラマティック・ソプラノの評価に違わない名唱というに相応しい。その凄さは端的にいうなら、その絶大的な声量にもかかわらず発声的な「力み」が実に少ないという点で、どんなに声量を出そうとも歌唱が絶叫的に流れず発声をきっちりコントロール出来ているという点において驚異的であり、まさにこのキャラクタに要求されるところの、苛酷な運命の流れの狭間で揺れ動く心理的葛藤に起因する歌唱上の繊細なニュアンス、そしてその運命を呪うドラマティックな慟哭性の発露という両面性をハイ・レベルに表現し切った希有の表現性が示されていた。ドン・アルヴァーロ役サルヴァトーレ・リチートラはその発声面での甘美な詠嘆調がかつてのカレーラスに近いような印象で、英雄的なドラマティコ系というよりは情熱的なスピント系に近い歌唱様式を持ち味とした歌い回しが良く光っていた。ドン・カルロ役アンブロージョ・マエストリは若干30歳という若手の新鋭歌手だが、とにかくバリトンとしては声量的に際立った豊かさで、それでいてそのたっぷりとした声量だけに頼らない役柄上の性格的描き分けも上手いというあたりに歌手としての並々ならない力量を感じた。プレツィオシッラ役ルチアーナ・ディンティーノは高声域の澄んだ発声が実に綺麗で、さらに低中声域での勝ち気な声質的感触とのコントラストが良くものをいって役柄上の妖しい雰囲気が十分に発揮されていたように思うが、敢えて言うなら第3幕ラストの「ラタプラン」で“Rataplan”の個別タームに対する発声が軽く流れてしまっていたのがやや物足りなく、例えばかつてのバルツァのようにもう少し個々のタームを歯切れ良く区切って克己的に発声したほうがキャラクタとしての性格的な「威勢の良さ」がもっと良く表現出来るような気もした。ムーティの指揮はまさにイタリア・オペラ演奏に対する王道的アプローチと云うに相応しい。むやみな局所的突発効果を極力排して音楽が自律的に語りかけてくるかのような絶妙の音楽の呼吸ぶりだった。

⑤ベルリン・フィル来日公演 
      ワーグナー楽劇「トリスタンとイゾルデ」
 2000年11月23日 東京文化会館
 指揮:クラウディオ・アバド
 演奏:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 主要キャスト
   トリスタン:ジョン・フレデリック・ウエスト
   イゾルデ:デボラ・ポラスキ
   マルケ王:ラースロー・ポルガー
   ブランゲーネ:リオバ・ブラウン
   クルヴェナル:アルベルト・ドーメン

かつてカラヤンが創設した音楽祭「ザルツブルグ・イースター・フェスティバル」において1999年に行われたオペラ・プロダクションの完全引越公演という内容で、ベルリン・フィルが日本公演でオペラ・ピットに入るのは今回が初とされる。イゾルデ役にキャストされた実力派ワーグナー・ソプラノのデボラ・ポラスキはおおむね評判通りというべき安定的に高度な歌唱表現力でもって全編をワーグナー的ドラマティック・テイストで歌い通していた。対してトリスタン役のジョン・フレデリック・ウエストの方は、確かに適度にリリックで適度にヒロイックな声質的特徴自体はトリスタン歌いとしての資質を満たしているように思われるものの、場面に拠ってはいささか感情露出の度合いが過ぎていて音詩的余韻というか朗唱上の落ち着いた深みに乏しいようにも思われなくもなかった。特に第3幕第1場後半から第2幕前半の絶命までの一人舞台的歌唱シーンなどちょっと「暴れ過ぎ」ではないかというような激しい体当たり的演技を伴う絶叫的歌唱で、これがイタリア・オペラであればまさにベスト・フィットとしてもワーグナーとしてはもう少し歌唱面での厳粛感に対する含みというか配慮があっても良いのではという感じがした。アバドの指揮は、様式的にはワーグナー風ゲルマン様式というよりもどちらかというとややイタリア・オペラ寄りに傾斜したような運用が主体かと感じられ、全体として高声部を形成する旋律パートの走りの活き活きとしたスピード感、および構成メロディの柔軟な伸縮運用に基づく局部的エモーショナリティの浮き出し、といったあたりを重点的に強調描出することにより、いわゆるトラディショナルなワーグナー演奏様式ともいうべき重厚壮大路線とは一味違ったフレッシュなテイストを感じさせるような管弦楽運用が取られていた。舞台演出については、まず第1幕での舞台上の船体をワイヤ・フレームで描いてその船底に無数の正方形型石材を無造作に配しての、いかにも殺伐たる雰囲気の表出、第2幕での舞台上に木の幹が2本見えるだけという空間制限的な抑圧的雰囲気の表出 そして第3幕でのいかにも荒涼とした廃城の寂寥感の表出など、それぞれの幕におけるシナリオの雰囲気を巧妙に引き立てていたようだったし、第1幕での船体上の船員を含む人物に対する視覚的な明暗的コントラストのくっきりとした不気味さ、第2幕ラストでメロートがトリスタンを剣で射抜くシーンのストップ・モーションによる劇的幕切れ、第3幕冒頭で牧笛の音を奏でるイングリッシュ・ホルンのソロが流れる場面での漆黒の闇(ホール内の非常灯の照明すらも落としての真っ暗闇!)など、この演出独自の斬新さが随所において感じられた。

⑥藤原歌劇団公演 ヴェルディ歌劇「マクベス」
 2001年2月4日 東京文化会館
 指揮:レナート・パルンボ
 演奏:新星日本交響楽団
 主要キャスト
   マクベス:アルベルト・ガザーレ
   マクベス夫人:パオレッタ・マッローク
   バンクォー:キム・ヨハン
   マクダフ:市原多郎

外題役のアルベルト・ガザーレは、出来映えとしては昨年観たリゴレット役以上ともいうべき見事な歌唱表現であった。全編を通して発声から身体動作まで含めての総合的演技力が極めて迫真的で、役柄に対する没入的集中力の高さが圧倒的に際立っていたし、同時に知的な性格バリトンとしての天性の資質みたいなものの片鱗が随所の伺われるようなクレバーな歌唱様式も比較的顕著に発揮されていたように思われた。第1幕第2場において国王暗殺に挑む直前での激しく逡巡するような心理的葛藤に対する表出感の鮮やかさ、また第2幕フィナーレでバンクォーの亡霊に直面するシーンでのいかにも恐怖感に満ちたような表現所作の迫真ぶりなどもさることながら、やはり白眉としては第4幕第3場におけるマクベス唯一のアリアで、やみ雲に声量の絶対ヴォリュームに頼らずに強調すべき語感のイントネーションを綿密に吟味しながらの含蓄に富む内容のアリアで、その歌唱上のインテリジェントな工夫が良く光っていた。例えばアリア終盤での“~ahi lasso~la nenia~”の局面など、その声域がバリトンとして超高音域まで伸びる歌唱シーンで示した表現として、まず“~ahi lasso~”のタームではたっぷりとした声量感を強調しつつ息の長い同音持続から深々とした詠嘆的情感表出を成し、その直後の“~la nenia~”のタームにおいては逆に高音域での声量の肉厚感を鋭く増減させつつ運命に対抗するような心理的情動的インパクトを強調したようなニュアンスを発すると云ったように、総じて同アリアに潜在するところの、王位に対する旺盛な執着心と老境を前にしての厭世感と云う背反的とも云うべきマクベスの複雑な心情に対する深層を明晰に照射するような凄みが良く出ていた。さらには、同アリア直後におけるマクベス夫人の死去を伝達する部下に対し「それがどうしたというのだ!!」のセリフを発する場面での鋼鉄のようなイントネーションによる非情感極まる歌い回しなどもその非情な語感にゾクゾクさせられた。マクベス夫人役のパオレッタ・マッロークは全般に高音域から超高音域にかけての発声シーンにおけるパワフルな表現力に長けていたが、劇中でマクベス夫人の歌う激情的な3大アリアではパワー依存的に力で押し切るような短絡性が感じられなくもなく、それが場面によってその表出感情をややヒステリックに流してしまうような嫌いがあり、キャラクタ本来の心情的なニュアンスのヒダがいささか埋没傾向となっていたようにも思えた。

⑦フィレンツェ歌劇場来日公演 
    ヴェルディ 歌劇「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」
 2001年3月27日 東京文化会館
 指揮:ズービン・メータ
 演奏:フィレンツェ歌劇場管弦楽団
 主要キャスト
   ヴィオレッタ:エディタ・グルベローヴァ
   アルフレード:マルセロ・アルヴァレス
   ジェロモン:カルロ・グェルフィ
 
何と言ってもエディタ・グルベローヴァのヴィオレッタである。一度はナマで聴いてみたいと思っていたが、やはり聴いておいて良かったと云うのが率直な感想だ。第1幕フィナーレのアリア、それも後半のカバレッタはまさに圧巻と云った感じで、第2幕前半もかなり良かった。第3幕はグルベローヴァ的にはやや不利かと思っていたが意外と健闘したような印象。アルフレード役マルセロ・アルヴァレスはいかにもラテン・スタイルの、歌心が豊かな歌い方だったと思う。なかなかの美声で、どの音域も万遍なく発声が冴えていた。ただ声の引締まった屈強感のアピールがちょっと弱いような気もした。カレーラスなどに近いタイプだろうか。ジェロモン役カルロ・グェルフィは歌としての抑揚感が何となく自然で、概ね力まずさらっと歌うようで本質的に発声の味が濃いような印象。そのあたりがヴェルディに良く合うと思った。メータの指揮ぶりは4階席から見る限りわりと大きい身振りで情熱的な感じで、演奏としては何となく勝負どころでの音楽の直線的な力強さが印象的。ヴェルディに合うかどうかは正直よく分からない。演出に関しては、第2幕後半の舞台がキャバレーと云うのは別にいいと思うものの第3幕の舞台が屋外と云うのが、さすがに違和感あり。肺結核患者が冬の早朝に寝間着で屋外? 「もう夜が明けたの?」「七時です」なんて会話を屋外で言うのも変だ。場景としての絵画的な美感は確かに良く出ていたのだが。

⑧新国立劇場オペラ公演 ワーグナー 楽劇「ラインの黄金」
 2001年3月30日 新国立劇場
 指揮:準メルクル
 演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
 主要キャスト
   ヴォータン:アラン・タイトス
   アルベリヒ:オスカー・ヒッレブラント
   ローゲ:ヴォルフガング・ミュッラー=ローレンツ
   ミーメ:ゲルハルト・ジーゲル

新国立劇場のオリジナル・プロダクションによる「指輪」上演プロジェクト第1弾の初日公演である。これは演出を含めて「サービス満点」と云ったような舞台で、かなり親しみ易い上演内容と云う印象だった。映画的な手法を多用したマンガチックな演出に関してはきっと評価が分かれるだろう。歌い手は軒並み好演と云うべきで、特にヴォータン役アラン・タイトスの声は本場バイロイトでのヴォータン歌いに相応しい貫禄に満ちていて立派であった。演技と云う面ではローゲ役ミュッラー=ローレンツの歌い回しが表情感抜群で、何と云うか役者並みのコミカルなキャラクタ表現に味があった。第2場での神々と巨人との諍いの場面でタバコを吹かそうと口にくわえたもののライターが見付からずイライラする火の神と云うのも、観ているとシュールだ。アルベリヒ役ヒッレブラントは初っ端から被り物に全身着ぐるみと云うマンガ・スタイルで、全幕を通して体を張った演技を伴っての味のある役造りをしていた。準メルクルの指揮は素晴らしい。筆者は2階R席の舞台寄りの位置から観ていたが、ここからだとオーケストラ・ピットでの指揮姿が良く見え、しばしば舞台よりも準メルクルの棒さばきに見取れることもあった。曲線的な棒の動きが実に美しく、その所作にも全く無駄が無い。これだけの洗練された指揮を前にオーケストラの鳴り具合も概ね良好で、音楽的な盛り上がりと沈静の起伏交替プロセスがしなやかに描かれ、オペラ演奏としての仕上がりは上等と云うべき水準であった。

⑨フェニーチェ歌劇場来日公演 
    ヴェルディ歌劇「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」
 2001年6月30日 オーチャード・ホール
 指揮:イサーク・カラプチェフスキー
 演奏:フェニーチェ歌劇場管弦楽団
 主要キャスト
   ヴィオレッタ:ディミトラ・テオドッシュウ
   アルフレード:チェーザレ・カターニ
   ジェロモン:アンブロージョ・マエストリ

メトとフェニーチェ、どちらを取るかで結構迷った(どちらもというのは予算オーバー)が、やはり記念すべき初来日公演のフェニーチェの方を選択。こちらはメト来日公演のようなこれでもか的スター・キャストとはいかないものの、イタリア・オペラ、特にヴェルディに関しては歴史的にもオペラハウスとしてまさに本場中の本場だ。そのヴェルディがフェニーチェ歌劇場のために作曲した5つのオペラのうちの2つ、「椿姫」と「シモン」が今回の演目。ヴィオレッタを歌うは「カラスの再来」と評されるギリシャ出身ソプラノ、ディミトラ・テオドッシュウ。カラスと比べてどうかと云うよりも、舞台を見た限りは役柄に対する芝居役者的な没入の強い歌い手と云う印象で、少なくともむやみにお高くとまったような冷たい歌い方をするヴィオレッタ歌いもそれなりに多い昨今においては、テオドッシュウの人間的な歌い回しは貴重な才と云う感じがした。アルフレード役チェーザレ・カターニは当初予定されていた体調不良のホセ・フェレーロの代役にしては上々の出来だった。ジェロモン役アンブロージョ・マエストリは去年のスカラ座来日公演「運命の力」にドン・カルロ役で出ていたのを聴いたが、その時はあまりの声量の豊かさに度肝を抜かれた。今回もその見事なボリュームは健在だったが歌唱精度にやや問題があり、歌い回し上の「崩し」が耳に付くところもあった。フェニーチェの音楽監督カラプチェフスキーによる演奏は特に作為を弄しない自然体的なヴェルディと云うべきもので、音楽の流れにケレンが無く、起伏がしなやかだ。演出は全体として割りとオーソドックスなものだったが、第3幕の背景が病院の大病室の一角と云うのはこれまで有りそうで意外と無かったような気もする。

⑩フェニーチェ歌劇場来日公演
      ヴェルディ歌劇「シモン・ボッカネグラ」
 2001年7月1日 オーチャード・ホール
 指揮:レナート・パルンボ
 演奏:フェニーチェ歌劇場管弦楽団
 主要キャスト
   シモン:アントニーオ・サルヴァドーリ
   フィエスコ:アイク・マルティロッシアン
   アメーリア:セレーナ・ファルノッキア
   ガブリエーレ:フランチェスコ・グロッロ

「シモン・ボッカネグラ」のストーリーは話としての展開自体は平凡だがオペラのシナリオとするとかなり感動的である。本公演の指揮は新国でもお馴染みのイタリア・オペラのスペシャリスト、レナート・パルンボ。舞台展開は練達と云うべきもので、さすがにフェニーチェゆかりのオペラ作品に対する舞台さばきというところだ。外題役アントニーオ・サルヴァドーリとフィエスコ役アイク・マルティロッシアンは発声や所作等が上質の芝居劇のムードを湛え、彼らの立ち回りには劇場的な舞台を観るに近い印象を感じた。アメーリアには当初予定のルチア・マッツァーリアに代わりセレーナ・ファルノッキアがキャストされたが、アリア単体では声が今一つ乗っていなかったものの他キャストとの重唱となると高音が実に美しく響き渡った。ガブリエーレ役フランチェスコ・グロッロは客席から観る限りハリウッド映画の二枚目役者かと思えるほど舞台映えのするテノールであるが、肝心の声がいまひとつ乗っていないようでもあった。演出に関しては前日の「椿姫」よりは一捻りされていたようだ。ひとつにはアメーリアの母マリアを象徴する女神像を常に舞台上に配置しての演劇的情景表現、さらに映写機からの映像によりスクリーンに映された水の色が登場人物の清らかな心情が支配するシーンとドス黒い策謀が支配するシーンとで象徴的に変化する映画的情景表現と云う二本立ての演出がラストシーンでひとつに結合する様相は大河的な劇の幕切れを非常に美しく彩っていたのである。

コメント

 
hkawaharaさま、こんばんは。

いろいろ多くのコンサートをご鑑賞なさり、感想記事をいつも拝読させていただきましては、コンサートには全く縁のない生活ですのでコンサート気分を味わわせていただいております。
プッチーニにも、やっと興味が出てきまして「ラ・ボエーム」のCDを探しておりましたところ、hkawaharaさまの記事を拝読させていただき大変参考になりました。

ヴェルディ・・・随分多く、ご鑑賞をされていらっしゃって羨望の限りです。
現在はベルディ離れ?になっていらっしゃるのでしょうか。
オペラで最初に好きになりましたのがヴェルディの作品でした。
月並みなのですが「アイーダ」で、初めて購入しましたオペラのLPでした。
今でも、ヴェルディ作品は相変わらずお気に入りです。
いつしか気付きましたら、オペラがお気に入りのジャンルになっている昨今です。
ですが、歌手につきましても作品の知識も無きに等しい有様です。
そのような私ですので、こちらの記事はとても良い指標になります。
HPを開設なさっていらっしゃったのですね。
是非、拝見したかったです。

暑さ厳しい折りですので、どうぞご自愛なさってくださいますように。
lumino様 お久しぶりです。
コメント有難うございます。

> いろいろ多くのコンサートをご鑑賞なさり、感想記事をいつも
> 拝読させていただきましては、コンサートには全く縁のない
> 生活ですのでコンサート気分を味わわせていただいております。
> プッチーニにも、やっと興味が出てきまして「ラ・ボエーム」
> のCDを探しておりましたところ、hkawaharaさまの記事を拝読
> させていただき大変参考になりました。

どうも、恐悦に存じます。毎回毎回、拙い内容の感想記ではありますが、そう仰っていただけると私も望外の喜びです。

> 現在はベルディ離れ?になっていらっしゃるのでしょうか。

ヴェルディは今でも好きですが、昔のような「椿姫」や「リゴレット」あたりから「オテロ」や「ファルスタッフ」の方へと嗜好がシフトしてきています。

> HPを開設なさっていらっしゃったのですね。
> 是非、拝見したかったです。

いや、昔は名盤の評価だとか、結構ろくでもないサイトをやっていたのです。今から思うと恥ずかしい限りでして、、

コメント

 
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

Powered by FC2 Blog
Copyright © クラシックCD感想メモ All Rights Reserved.