バックハウス最晩年のベルリン・フィルハーモニーでのオール・ベートーヴェン・ライヴ


ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第15番「田園」・18番・21番「ワルトシュタイン」・30番
 バックハウス(pf)
 アウディーテ 1969年ライヴ AU23420
AU23420

独auditeから今月リリースされた、ヴィルヘルム・バックハウスの最晩年のピアノ・リサイタルのCDを聴きました。収録されているのは1969年4月18日のベルリン・フィルハーモニーにおけるリサイタルでの演奏で、その演目はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第15番「田園」に始まり、第18番、第21番「ワルトシュタイン」、第30番と続くオール・ベートーヴェン・プログラムです。

周知のようにバックハウスは、このリサイタルから2ヶ月ほど後の、6月28日のオーストリアのオシアッハにある修道院でのリサイタルにおいて、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第18番を弾いている途中に心臓発作を起こし、それがもとで7日後の7月5日に永眠することになります。なお、この「バックハウス最後の演奏会」のライヴはデッカよりCD化されています(が現在は廃盤で入手困難のようです)。

今回リリースされたバックハウス最晩年のリサイタルのライヴ盤は、何と言っても演目がバックハウスの得意とするベートーヴェンということで、興味津々で購入しました。

それで聴いてみると、最初のピアノ・ソナタ第15番「田園」から何か異様なほどに張り詰めた緊迫感の立ち込める演奏の表情に、聴いていて度肝を抜かれる思いでした。個々のタッチの重厚感が生み出すシンフォニックな響きの、並々ならない迫力、それにもまして一つ一つのフレージングの、ストイックを極めたような厳しさ。続くピアノ・ソナタ第18番も同様で、聴いていて「このソナタって、こんなにシリアスで重々しい曲だったのか」とさえ思えるほどで、作品のキャラクターに合わせて、少しフレージングの緊張を緩め、幾分リラックスしたような表情を出そう、などとは全く考えない。これこそがバックハウスのピアニズムなのだと、聴き終えて改めて感服させられてしまう、そんな演奏なのです。

続くバックハウスの一八番ともいうべき、ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」ともなると、紛れもなく一人バックハウスだけが可能なピアニズムの境地とも言うべき、圧倒的なベートーヴェンが披歴されており、その乾坤一擲ともいうべき強和音の打鍵の、驚嘆的な訴求力といい、ハイスピードで展開されながらも凄い重厚味を帯びたピアニズムの、途方もないスケール感といい、これはバックハウスのベスト・フォームの「ワルトシュタイン」のひとつと確信させられる演奏であるとともに、その充実を極めたピアニズムに、聴いていてグイグイと惹き込まれ、激しく胸を打たれる思いでしたし、それに加えて演奏開始直後の第1楽章(1:52)の最強打のところで勢いあまって盛大に音を外してしまったのに、「それがどうした」と聴衆に言わんばかりの表出力で、以後ミスらしいミスもなく最後まで弾き抜いてしまうあたりの、常人ばなれした胆力にも聴いていて恐れ入ってしまいました。

しかし、このアルバムの白眉は、おそらく最後のピアノ・ソナタ第30番ではないでしょうか。というのも、この演奏においては何というか全体的に法外なまでの表出力を帯び、恐ろしいまでの凄味を発する演奏、といった形容すらも超越していて、聴いていて何だか次第に怖くなってくるほどの、極度に切迫した音が鳴り響いているように思えるからです。

この演奏というのが、何かバックハウスが自身の命を削って音を出しているのではないか、もっと言うなら、この演奏というのが事によると、この2カ月後のリサイタルでの演奏途中の心臓発作の、遠因だったのではないのかとさえ、この30番ソナタの演奏を聴きながら思ってしまったのですが、いずれにしても、これはバックハウス会心のベートーヴェンと思われましたし、聴き終えて猛烈な感銘と余韻の残る、そんな演奏でした。

以上、これほどのベートーヴェンは滅多に聴けるものではなく、今回これを発掘してCD化を果たした独auditeには大いに感謝したい気持ちですが、それにしてもauditeには、今回のバックハウスのリサイタルの録音といい、昨年リリースされたフルトヴェングラーの放送録音集といい、こういった世界遺産級の未発掘音源が、まだ何か手付かずで眠っているのではないかという気もしますし、もしそうなら勿体ない事この上ないので、一刻も早く日の目を見させてやるべきではないかと思います。

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