ペレーニのウィグモア・ホールでのチェロ・リサイタルのライヴ


「ミクロシュ・ペレーニ チェロ・リサイタル」
 ペレーニ(vc) ヴァーリョン(pf)
 ウィグモアホールLive 2009年ライヴ WHLIVE0035
WHLIVE0035

「ウィグモア・ホール・ライヴ」から先月リリースされた、ハンガリーの名チェリストであるミクロシュ・ペレーニのウィグモア・ホールでのリサイタルをライヴ収録したCDを聴きました。

収録曲は以下の通りです。
①J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲第3番
②ブリテン チェロ・ソナタ
③ブラームス チェロ・ソナタ第2番
④ショパン チェロ・ソナタより第3楽章

このうち②~④はハンガリーのピアニスト、デーネシュ・ヴァーリョンとのデュオによる演奏、また④は当日のリサイタルのアンコール曲です。

なお、ペレーニの録音としては、フンガロトンから昨年末にリリースされたミクロコスモス弦楽四重奏団(ペレーニがチェロ奏者として加わっている)による、珠玉ともいうべきバルトーク弦楽四重奏曲全集に続くリリースとなります。

聴いてみると、①のバッハでは、まるで書の達人が描きだすような、ペレーニならではのフレージングの伸び伸びとした呼吸感と、その開放感が素晴らしく、全体を支配するチェロ独奏の落ち着いたフレーズ構成、音色の開放的な味わい、そして、音楽全体を包み込むような、まろやかな響きの味わい、そのどれもが、まごうことなき「ペレーニの音」というべきものを形成せしめていて、その演奏の醸し出す深々とした含蓄においては、ちょっと名状しがたいものさえ感じられるほどです。

②のブリテンでも全体として、それほどテンポが遅いわけでもないのに、そのフレージングには常にデンと構えたような落ち着いた佇まいが絶えず、そこから紡ぎ出される音色の高貴なまでの深みも絶え間なく、ヴァーリョンとの息の合った呼吸も素晴らしく、なかんずくレントの第3楽章の音楽の含蓄には筆舌に尽くし難いものがあり、その宗教的とさえ言えるような、気高くて美しい静けさを耳にするに及び、この作品の「深さ」を何だか再認識させられたようにも思います。

③のブラームスも圧巻の演奏と言うべきで、その弾き回しにおいては、とにかく音楽の流れが全くの自然体にして、およそ作為の痕跡がないこと、それ自体に聴いていて感嘆させられる、そんな演奏なのです。なぜなら、おそらく技術的に余裕があるがゆえに、難関を難関として聴かせないだけのフレージング技術の高さがコンスタントに発揮された演奏でありながら、同時に所謂「効果狙い」という観念から遠く離れた、孤高なまでの「中庸の美」が、演奏の全体に確として浮かび上がっている、そんな風に聴いていて感じられるからです。

こうして聴いてみると、18世紀のバッハ、19世紀のブラームス、20世紀のブリテンと、相当に幅広い作曲年代の作品を取り上げながら、いずれの演奏においても各作品の深奥に届いたかのような、神韻たる演奏を可能とする、ペレーニのチェリストとしての表現の高みに、あらためて感服させられてしまったのですが、そういった、「作曲家の年代を選ばない」という点のほか、もうひとつ聴いていて私が感服させられたのは、ペレーニが「演奏形態を選ばず、常に自己の持つ最高のパフォーマンスを発揮することができる」という観点なのです。

というのも、前述のように本CDでは、①はペレーニの独奏、②~④はヴァーリョンとのデュオですが、そのペレーニの前回の録音であるバルトークの弦楽四重奏曲全集においては、ミクロコスモス弦楽四重奏団というカルテットのメンバーとして演奏していて、そのいずれの形態においても、必ず「ペレーニの音」が鳴り響いているからです。

このような、作曲家の年代を選ばない、演奏形態を選ばない、というあたり、何か大家のチェリストとしての底知れない懐の深さのようなものが伺われるように思えますし、おそらくテクニックとは別に、そのあたりも聴き手の傾聴を誘わずには置かない、ペレーニならではの掛け替えのない個性の現れのひとつではないかと、このライブ・アルバムを聴き終えて、あらためて感じました。いずれにしても、このペレーニのライブ・アルバムは間違いなく今後、私の愛聴盤のひとつとして長く聴き続けていくCDになると思います。

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