寺田寅彦について


ブログのカテゴリーに「寺田寅彦」を追加しました。

もともと「読書間奏」のカテゴリーで扱う予定でしたが、やはり専用のカテゴリーを振った方がスッキリするので、そうすることにしました。

当面の方針として、とりあえず夏目漱石の方は後回しにして、寺田寅彦のエッセイを集中的に取り上げていきたいと思っています。

というのも、夏目漱石の方は、まさか日本人で名前を知らない人などいないだろうと、いうくらいの大文豪であるのに対し、寺田寅彦の方は、よく知らない、あるいは全く知らないという人も、かなり多いのではないかと思われますし、少なくとも両者の知名度に少なからぬ開きがあるのは事実だと思うからです。ですので私としては、まず寅彦の方から優先的に取り上げたい。

その寅彦のエッセイで何を取り上げるか、ですが、岩波書店から出版されている文庫版の小宮豊隆編「寺田寅彦随筆集」全5巻に含まれる、すべてのエッセイを出来る限り取り上げる方針で考えています。

Torahiko-Essay-Collections

以前に「寅彦のエッセイに関しては私が素晴らしいと思うものを取り上げるようにしたい」と書きましたが、上記の随筆集に含まれている作品群においては、漱石の門弟・小宮豊隆の選りすぐりであるだけに、素晴らしいと思わない作品がほとんどないので、収録エッセイ全部を取り上げるという方針にしました。

順序ですが、まず第2巻から開始したいと思います。全5巻の中でも特筆に値する珠玉のエッセイが相対的に多く含まれていると思われるからで、以後、第1巻→第3巻→第4巻→第5巻という順番で、各巻の収録エッセイを出来るだけ全て取り上げるという形にします。

その前に、寺田寅彦という人物の、文学家および物理学者としての両面につき、以下に簡単に書きます。

寺田寅彦は1878年に生まれ1935年に没した日本の物理学者にして随筆家で、「天災は忘れた頃にやってくる」という、あまりにも有名な格言を残しています。

1896年に熊本の第五高等学校に入学した際、英語教師の夏目漱石、および物理学教師の田丸卓郎との邂逅により、後年において科学と文学を志すようになり、最終的に科学と文学の両分野において傑出した業績を残すに至っています。

まず文学の分野ですが、寺田寅彦は夏目漱石の数多くの門下生の中でも特別な存在であり、例えば同じく当時の漱石の門下生であった小説家・江口渙は、「わが文学半生記 回想の文学」 (1953年刊 講談社文芸文庫)において、寅彦のことを以下のように述懐しています。

多勢のお弟子の中で、漱石が一番高く評価していたのは、何といっても理学博士寺田寅彦だった。いや、寺田寅彦の場合は、高く評価していたという言葉さえもあたっていない。むしろ、漱石の方でも十分な尊敬をもってうけ入れていた、というべきであろう。そして、そのかんけいは弟子というよりも、弟子以上といえば、もっとあたっているかもしれない。

実際、寺田寅彦の随筆を中心とする数々の著作は、他の漱石門下の文人の著作とともに日本文学全集にも組み入れられており、その事実だけでも彼の文学の分野における功績を物語るに十分なものがあると思います。

次に寺田寅彦の科学の分野における功績に関してですが、何といっても当時ノーベル賞に限りなく近づいたと言われるX線の研究が挙げられます。

日本人で初のノーベル物理学賞の受賞者は、1949年に受賞した湯川秀樹であることは、おそらく誰でも知っている事実ですが、では湯川秀樹以前に、ノーベル物理学賞を受賞した可能性のある日本の物理学者はということになると、それは寺田寅彦ということになるのです。

寺田寅彦は1908年に東京帝国大学理科大学物理学科を修了し理学博士となり、直後ドイツに2年間留学し、帰国後、X線の研究に従事するようになります。

もともとX線を最初に発見したのはレントゲンであり、それは1885年のことですが、その発見の後もしばらくX線の正体は不明であったところ、実は波長の極めて短い電磁波であることがドイツの物理学者ラウエにより立証されたのです。ならば、その波としての干渉効果と、波長の短さとを利用して、人間の目どころか顕微鏡からでさえも視認できないような、金属の微細な結晶構造を解析できないかという発想がとられ、その研究に寅彦は従事しました。その方法というのは、金属の結晶の表面にX線を当てて、そこから生成されるX線の干渉模様の状態から、その金属結晶に特有の原子配列を捉えるという、当時としては画期的なものでした。

これらの研究の成果を寅彦は1913年にイギリスの科学雑誌ネイチャーに発表(「X線の結晶透過について」)しますが、不運なことに、それとほぼ同様の研究内容を、イギリスのローレンス・ブラッグとヘンリー・ブラッグのブラッグ親子が、ちょうど寅彦の研究と並行する形で進めており、その研究成果をまとめたブラッグの論文が、寅彦のネイチャー発表のわずか3ヶ月前に発表されてしまったのです。これにより、寅彦の研究はタッチの差で研究としての新規性を失ってしまうことになります。

そして、ローレンス・ブラッグとヘンリー・ブラッグは、そのX線の研究の功績が認められ、1915年にノーベル物理学賞を受賞しているのです。それならば、彼らとほぼ同じ研究成果を発表した寅彦が、もしわずかでもブラッグ親子に先んじて研究発表を行っていたなら、ノーベル物理学賞の受賞は寅彦だったのではないか、と考えることもできるでしょう。この事実が、戦前において日本人にノーベル賞が授与されていたとしたら、おそらく寺田寅彦を措いて他にないと言われる所以となっているのです。

なお、上述した寺田寅彦のX線研究に関する概要は、岩波書店「寺田寅彦全集 文学編 第8巻 科学雑纂・地球物理学」に、「X線の回折現象と物質の内部構造」としてまとめられています。

Torahiko-Zensyu

以上、寺田寅彦の科学と文学の分野における業績について簡単に書きましたが、要するに寺田寅彦の残した一連の著作というのは、彼のノーベル賞に肉薄するほどの天性ともいうべき科学的思考力と、夏目漱石直伝ともいうべき文章表現力とが合併しているので、すごいことになっています。彼の一連のエッセイは、21世紀の現在において読んでも通用するとかいう次元ではなく、むしろ21世紀の今だからこそ我々は読まなければならないというような、啓示に富んだ面白さに満ちているように思うのです。

そういうわけで、私は当ブログにおいて寺田寅彦のエッセイを取り上げ、その素晴らしさを紹介していきたいと思う次第です。

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