ヌーブルジェによるツェルニーの「指使いの技法(50番練習曲)」


ツェルニー 指使いの技法(50番練習曲)Op.740ほか
 ヌーブルジェ(pf)
 Mirare 2006年 MIR023
MIR023

フランスの若手ピアニスト、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェのピアノ演奏による、ツェルニーの「指使いの技法」(通称50番練習曲)のCDを聴きました。なお、このCDにはリストの演奏会用練習曲3曲(「森のざわめき」、「小人の踊り」、「軽やかさ」)、およびステファン・ヘラーの「4つの練習曲」も併録されています。

これは仏Mirareより2007年にリリースされたもので、新譜ではありませんが、先月に「ル・ジュルナル・ド・ショパン~ショパンの音楽日記」と題されたCDを聴いた際の感想の中で、特にヌーブルジェのピアノ演奏が素晴らしい旨ブログに書きましたところ、それを読まれた方からコメントをいただき、このツェルニーのCDがヌーブルジェのデビュー盤であることを教えていただきました。

デビュー盤にしてツェルニーという演目の珍しさもあり、さっそくHMVに注文してみたのでした。

それで聴いてみると、全編にヌーブルジェ持ち前の強靭にして高貴な輝きのある打鍵、それに目覚ましいテクニックを駆使しつつ、聴いていて唖然とするほどに卓抜した指まわりのモビリティから積極果敢なピアニズムが披歴されており、その演奏の充実感たるや途方もなく、たかだかツェルニーの練習曲で、などというと怒られるかも知れませんが、それでも作品自体の訴求力の限界から、例えばショパンやリストの作曲した練習曲と比べるなら、ある種の霊感の高さ、インスピレーションの豊かさに不足するのは否めないはずの、そのツェルニーの練習曲で、聴いていて何か異様とも思えるまでの強い表出力を捻出せしめる様相には、聴いていて思わず感動を禁じえないくらいでした。

周知のようにカール・ツェルニーは、ベートーヴェンの弟子にしてリストの師として知られる作曲家ですが、その作品はコンサートで取り上げられるというよりは、むしろピアノ学習者向けの実践的な練習用の曲に留まっており、私自身も正直、そんなに真剣に聴くような作品でもないのでは、という印象でした。

しかし、このヌーブルジェの演奏で聴くと、何というかイヤでも真剣に聴かざるを得ない、そんな気配が全50曲を貫いているのです。なかんずく50曲に設定された個性や特徴の闊達な浮き出し方が素晴らしく、もともと作品が実践的な練習曲ゆえに、やや強引なダイナミクスの転換が頻繁に訪れるのですが、その転換のツボをヌーブルジェが絶妙に刺激し聴き手に呈示するため、ユーモラスな楽想のナンバー(第30番など)ではウキウキするような享楽感あり、ロマンティックなメロディを持つなナンバー(第43番など)では得も言われぬ陶酔あり、シリアスな憂いを湛えたナンバーでは胸を揺さぶられるような感懐あり(例えば第28番などショパンの「革命」さながら!)と、いずれも名人芸的で華麗なだけのデモンストレーションとは一味ちがう、絶品というほかない演奏が展開されています。

このツェルニーにおいてヌーブルジェは、作品を完全に掌握していることは疑いないとしても、その演奏の裏には、真剣に作品に対峙する強い情熱のようなものが沸々と感じられ、この練習曲をデビュー盤に選んだ点からしても、ヌーブルジェ自身なにかツェルニーの50番練習曲に対し、並々ならない思い入れのようなものがあるのではないでしょうか。

カップリングとしてリストとヘラーを合わせているのも、自身のツェルニー演奏が、それらに優に比肩しているということを、それとなくアピールしている、、そんな風に私には思えました。

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