読書間奏・中公新書「漱石が聴いたベートーヴェン」


「漱石が聴いたベートーヴェン」
 -音楽に魅せられた文豪たち-
  瀧井敬子・著
  中公新書
ISBN4-12-101735-8

・・今日、私たちはベートーヴェンの交響曲は、生でほとんどつねに聴くことができるし、第9交響曲にいたっては、年末になると日本各地で年中行事のように演奏されている。オペラも日本にいながらにして、世界の一流歌劇場の引っ越し公演をしばしば見ることができる。こうした現状を考えると、本書での文学者たちがもし今の日本に現われたとしたらそれこそ浦島太郎になるかもしれない。明治期を中心とした文学者たちの洋楽希求の動きを参照しながら、読者の方々に、欧米文化受容の問題を改めて考えていただくことができれば幸いである。・・

「読書間奏」ですが、今回は中公新書「漱石が聴いたベートーヴェン」について書きます。

これは2004年に刊行された新書で、明治期の5人の文学者が西洋音楽と、どのように関わったか、どのように西洋音楽を受容したのか、その経緯が綿密な事実関係の考証に基づいて記述されています。なお、本書で取り上げられている5人の文学者とは、森鷗外、幸田露伴、島崎藤村、夏目漱石、永井荷風です。

この本を数年前に購入した際、ここに記述されている興味深い事実の数々を、それこそ夢中で読んだことを覚えていますが、その内容の面白さに反して、一般にあまり話題になっていないように思うので、この機会に取り上げたく思ったのです。

この本の最大の魅力としては、少なくとも5人の文豪に、多少なりとも親しんでいる読み手においては、彼らとクラシック音楽との関係にまつわる、様々な興味深い話題が満載されていて、読んでいて目が離せないような面白さに満ちている点でしょう。

逆に短所としては、記述の仕方が典型的な事実羅列型で、文章の流れに起伏が乏しく、要するに記述されている事実自体に興味が持てない場合、読んでいて退屈ということにもなりかねない点で、したがって読み手の方で、前記5人の文学者に特に興味がないならば、例えば本書を読んで彼らの作品に興味を持つ、という風になるのは難しいかと思います。

以下、本書を読んで私が特に面白いと感じた部分を、5人の文学者ごとに個別に書いてみることにします。ちなみに、5人の文学者のクラシック音楽に対する興味の度合い、いわゆる「ハマり度」に関しては、5人中ダントツなのが永井荷風で、以下、森鷗外、島崎藤村、夏目漱石、幸田露伴という順番になると思います。

①森鷗外
鷗外の場合、明治17年(1884年)から21年まで足掛け5年に及ぶドイツ留学が、西洋音楽に「ハマる」きっかけとなったようです。なお1884年は、ちょうどワーグナーが死んだ翌年にあたります。

この間、当地のオペラ劇場に数十回通っていること、そこで「タンホイザー」「さまよえるオランダ人」「フィガロの結婚」といったオペラ作品を観劇したことなどが書かれていますが、本書で特に詳しく触れられているのは、1885年6月21日にライプツィヒ市立劇場で、グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」を観劇したことについてです。

この時のオケはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で、指揮者はアルトュール・ニキシュ(!)。この上演を観ながら、鷗外が劇場で購入した台本に、詳細な書き込みを残したことなどが述べられていますが、いまだ19世紀という時代に、ドイツの歌劇場で、台本を現地で調達して本格的にオペラを聴いていた日本人としての文豪・鷗外の実像を知るに及んで、何だか深い感慨に捉われました。

そして鷗外は帰国後、ライプツィヒ劇場で観た実演の印象と、その時のメモ等を元に、グルックの「オルフェオ」の日本語翻訳作業に従事することになりますが、それは明治・大正期の近代日本にオペラを根付かせたいという、鷗外の強い思いに貫かれた行為であったと本書では叙述されています。

②幸田露伴
幸田露伴ですが、実は露伴自身、特にコンサートに行くなり楽器を習うなりといった、能動的なアクションは取らなかったとあります。しかし露伴の実の妹に、日本トップレベルの演奏家がいたため、アクションを取る必要もなかったのかも知れない、とも書かれています。

その露伴の妹というのは幸田延のことで、彼女に関しては前々回の読書間奏「寺田寅彦 バイオリンを弾く物理学者」で詳しく書きましたが、本書では特に幸田延が、国費による初めての音楽留学の例にあたるとして、その留学の内容について詳しく触れられています。

いわく、1889年にアメリカに渡り、さらに1890年にウィーンへ。この時代のウィーンはブラームスとブルックナーという2大作曲家が音楽界に君臨していた時期にあたり、そこで幸田延は名門ウィーン音楽院に合格し、ヴァイオリンを専攻したことなどが書かれていますが、その音楽院で幸田延が作曲を学んだロベルト・フックスは、なんとマーラーの作曲の師でもあるのだそうです。

残り3人の文学者(島崎藤村、夏目漱石、永井荷風)に関しては後日に書きます。

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