読書間奏・茂木健一郎の「あなたにもわかる相対性理論」


「あなたにもわかる相対性理論」
 茂木健一郎著
 PHPサイエンス・ワールド新書
2010-05-30

 ・・科学の感動。それは、世界がこれまでとは違った場所に見えることである。私たち自身の存在、私たちを取り囲むものたちのあり方について、より深い見方ができるようになる。
 アインシュタイン自身、「感動することをやめた人は、生きていないのと同じである」という言葉を残している。ここでアインシュタインの言っている感動とは、この宇宙を支配している法則にふれることで私たちの心に起こるさざ波のことであろう。それは発見する歓びであり、創造へと向かう衝動である。
 科学が明らかにするこの世界の真実にふれて、私たちのこころは戦慄する。生きていることの意味が、より深いところで確認できるようになる。少々の困難ではへこたれない、前向きに生きる力が湧きあがってくるのである。・・・

茂木健一郎著「あなたにもわかる相対性理論」を読了しました。昨年秋に刊行された新書ですが、先月に書店で見かけて購入し、おもに朝晩の通勤電車の中で読みました。

著者である脳科学者の茂木健一郎氏は、周知のように音楽にも造詣が深く、音楽関係の著作も多いことから、クラシック愛好家の中にもご存じの方は多いのではないでしょうか。昨年のラ・フォル・ジュルネの地下展示ホール会場で、バッハ・コレギウム・ジャパンの鈴木雅明氏と、バッハについて熱く対談されていた様子が印象に残っています。

本書ではアインシュタインの相対性理論が取り上げられていますが、実は私自身、この理論に以前から少なからぬ興味を持っています。そのきっかけは高校時代にさかのぼり、この理論を課外授業で履修したことがあって、その際に同理論についての大まかな知見を得ました。下の写真の本が、私が高校の時に授業で読んだ教科書です。

2010-05-30-2
相対性理論入門
 ランダウ=ルメル・ジューコフ 著
 鳥居一雄・広重徹 訳
 東京図書

それ以来、市販の解説書を読んだりしながら理論を追い、その考え方を自分なりに何とか咀嚼するところまで漕ぎ着けるとともに、その理論の衝撃性に心打たれるようになりました。

したがって、この茂木健一郎氏の著作を私が読んだ動機は、相対性理論に対して更に深い理解に導いてくれるのではないか、ということでした(何しろタイトルに「わかる」とありますし)。それに、上記のまえがきの文章も私の共感を誘うに十分なものでした。

それで実際に読んでみた感想ですが、以下、本書の素晴らしいと思う点、および疑問に感じた点について書きます。

素晴らしいと思う点:

①すごく分かりやすい。全体的に難解な言い回しが慎重に避けられていて、スラスラと読むことができる。少なくとも相対性理論の入門書で、これほど易しい本は、私の知る限り他にないと思えるほどだった。そもそも相対性理論の解説書というのは、分かりやすさを謳うものでも、読んでみると大して分かりやすく書かれていないものが大半だが、この本は確実に分かりやすい。これは本当に素晴らしいと思う。

②アインシュタインの相対性理論がいかに「感動的か」という観点に焦点が当てられている。これまでも相対性理論を分かりやすく説明することを謳った著作は無数にあるが、相対性理論を理解することにより得られる感動について明確に言及した書物は、おそらく皆無に近く、その意味で画期的な内容とも言える気がする。ちなみに、本書のあとがきには「科学とはクラシック音楽である」と述べられているが、そのあたりに著者のスタンスが垣間見られる。

③何より著者・茂木健一郎のアインシュタインに対する敬愛の念が尋常でなく、それが文章に滲み出ている。単にアインシュタインの相対性理論の説明にとどまらず、アインシュタインの評伝と、そこから派生する人生論も随所に展開されていて、話題がマルチな広がりを呈しており、まるで雑談のような話調から、知らず知らず読み手を理論の核心に導くあたりの、茂木健一郎の文章力に感心させられてしまう。

読み終えて疑問に感じた点:

①タイトルを見るとアインシュタインの相対性理論の説明をメインとする本であるかのようだが、実態は微妙に違っており、バランス的には、アインシュタインの評伝と、そこから派生する人生論の方が、むしろメインではないかと思える。

②純粋に評伝として読むなら面白いと思うものの、そこから更に「見えないものを見る力」とか「粘り強く考える力」というように一般化して人生論に持ち込むのは、何だか天才を無理やり矮小化するみたいで、読んでいて少しだけ違和感を感じた。

③アインシュタインの相対性理論の説明に関しては、確かに完全な初心者向けの入門書としては、内容的に十分であるとしても、完全な理解に到達するためには、惜しいことに抜け落ちているトピックスも多く、その限りでは不十分という感も否めない。このため、本書を完読しても、同理論に対する本当に実感の伴う理解を得るのが、それなりに難しいのではないか、という気もする。具体的に本書で抜け落ちているトピックスとしては、大きなところで少なくとも以下の3点が挙げられると思う。

1、アインシュタインの相対性理論が、ニュートン物理学とマックスウェル電磁気学との間の矛盾を解決するために編み出された理論であることの、具体的な説明(つまり、矛盾の具体的内容)が省かれている。ので、読み手は相対性理論の、そもそもの必要性がいまいち実感しにくいように思う(この説明は確かに難しいが、、)。

2、特殊相対性理論から導き出される「質量とエネルギーの変換式」について、あたかも方程式の上だけで導いたように書かれているが、その前に方程式を生み出す有名な思考実験があるのに、それについては全く触れられていない。ので、アインシュタインが紙の上の計算だけで偶然に方程式を導いたような誤解を与えかねない。

3、「相対性原理」と「光速度不変の原理」が成り立つから「時間が遅れる」ということの説明は詳しく書かれているが、「時間が遅れる」から「相対性原理」と「光速度不変の原理」が成り立つということの説明がどこにもない。このことはアインシュタインが特殊相対性理論で本当に言いたいことのはずであり、これが抜けている以上、理論の革命性と偉大さを十全に感得し切れない憾みが残る。

以上、この本の難点を敢えて挙げるとするなら、全体的に少しでも分かりやすく書こうとし過ぎて、ちょっとでも難解なトピックスを、少々切り捨て過ぎた感なきにしもあらずというのが率直なところですが、しかしながら、何より著者独特の躍動感のある筆致から、アインシュタインの相対性理論の「面白さ」が読んでいて十二分に伝わってくる本ですし、また同理論を理解することが、クラシック音楽に類似の感動を呼び起すという観点に関しても、全くその通りだと思わせられる説得力に満ちています。ので、少なくとも同理論の入門書としては、稀に見る良書ではないかと読み終えて感じました。

ちなみに地球物理学者の寺田寅彦も、かつてアインシュタインの相対性理論を「感動的なもの」として記述していますが(大正時代に書かれた彼のエッセイの中で、相対性理論をベートーヴェンの音楽に喩えている)、本書は、そのあたりの寅彦の視点なり精神を現代に受け継ぐものとしても、貴重な意味合いを持つ本のように思えました。

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