シュトゥットガルト放送交響楽団の来日公演の感想


昨夜(5/13)のサントリーホール、ノリントン/シュトゥットガルト放送交響楽団の来日公演の感想です。

2010-05-14

オーケストラの配置はステージ向かって左から第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンと並べた対向配置でした。

まずハイドンの交響曲第1番が演奏されました。編成は第1ヴァイオリンのみ3人で第2ヴァイオリン以下2人ずつの弦パート、それにオーボエとホルンが2人ずつにファゴット1名という、こじんまりとした陣容。チェロ以外の弦楽奏者は全員起立しての演奏でした。

この演奏形態やノンヴィブラート奏法などから、聴いていて何となくバロック音楽然とした雰囲気が感じられ、なるほどハイドンの交響曲と言えども第1番ともなれば、まだバロックに近いんだなと実感させられる演奏でしたし、全体で10分程ながら、アンサンブルメンバー同士のインティメートな掛け合いの楽しさが良く伝わってくる、気持ちのいい演奏でした。

続いて編成を12型とし、パク・ヘユンをソリストに立ててブラームスのヴァイオリン協奏曲が演奏されました。

パク・ヘユンは1992年に韓国で生まれ、昨年9月のミュンヘン国際音楽コンクールで史上最年少の優勝を果たした、弱冠18歳の女性ヴァイオリニストです。

そのヴァイオリン演奏ですが、この曲の実演で聴き得るものとしては、紛れもなく最高水準と思える揺るぎないテクニックを存分に開陳しつつ、しなやかなボウイングから美しい膨らみのある音色が安定的に供給されていく様は、聴いていて圧巻というほかなく、相当に困難なフレーズにおいてさえ、どこにも無理がなく鳴らされるヴァイオリンの音色の、得もいわれぬ美しさといい、その演奏技術の素晴らしさと、聴き手を惹きつけて止まないような、独特の華のあるボウイング展開には、客席で聴いていて、ほとほと感嘆させられっぱなしという状態でした。

ノリントンの伴奏も、冒頭こそ大胆なスローテンポで始めたので何事かと思ったものの、全体的には中庸のテンポ運びに落ち着き(最初のあれはノリントン流のハッタリか?)、小振りのアンサンブル編成の機動性というか身軽さを活かしてソロにピタリと付けて間然とせず、安定的に供給されるノンヴィブラートの透明感のあるハーモニーも演奏に清潔な色合いを付与するとともに、パク・ヘユンの華麗な弾き回しを絶妙に盛りたてているかのようでした。

このパク・ヘユンの演奏は、おそらく作品の様式を完全に掌握した上で、比類ないほどのテクニックで万全に聴かせた演奏であったことは確かであり、そこは私も客席で感嘆させられっぱなしという状態でしたが、それでは深い感銘を受けたか、というと、それは正直どうだろうという気もしました。というのも、先々月のミュンヘン・フィル来日公演でレーピンが同じブラームスの協奏曲を弾いた際の演奏との、雰囲気の少なからぬ違いに聴いていて戸惑いもしたからです。

その印象の違いを自分なりに突き詰めると、結局のところパク・ヘユンの演奏があまりに「華やか」であった点に拠るのではないか、という気がします。「華やか」というのはフレージングの弾力感とかテンポの躍動感、それに舞台上の所作まで、そういうものを全てひっくるめての印象になりますが、少なくとも先々月のレーピンの実演においては、このブラームスのコンチェルトに内在するところの、ある種の厳粛な雰囲気、それは内省的な興趣であり、あるいは華やか一辺倒というのではない響きの含蓄と言い換えてもよいかもしれないですが、とにかくそういったものの得難い発露があって、そのあたりに聴いていて痛く心を打たれた記憶が私には新しいのです。ので、当夜のパク・ヘユンの演奏において、何がしか物足りないものがあるとするなら、多分そのあたりに行き着くのかなと、何となく思ったりもしたのでした。

休憩を挟んで、16型の編成でエルガーのエニグマ変奏曲が演奏されました。

この作品は周知のように、エルガーの出世作で、当時エルガーが親しかった人々への感謝の気持ちを込めて、その友人・知人を13の変奏に見立てた上、その最後の変奏としてエルガー自身を見立てて構成された長大な変奏曲であり、一般にはブラームスの「ハイドン主題変奏曲」と双璧をなす、管弦楽向け変奏曲の傑作として認知されています。

また「エニグマ(ギリシャ語で謎の意)」の名のとおり、エルガー自身が「演奏されない、隠された主題が作品を貫いている」と語ったことから、なにか謎の主題があるのではないかとも言われていますが、いずれにしても、ノリントンがこのエルガーの代表作品をどのように仕上げるか、その演奏に耳を傾けました。なお、この曲は編成上オルガンを任意で使用するように書かれていますが、それは当夜の演奏では使われませんでした。

ここで披歴されたエルガーは、一言でいうならシュトゥットガルト放送響のピュア・トーンの面目躍如といった感のある演奏で、その新鮮な音楽の感触というかリフレッシュされたような音響の斬新な肌触りが驚異的なものでした。

そのアンサンブルの徹底したノンヴィブラート奏法が醸し出す透徹したハーモニーにより、全体の響きが良い意味で中性化されていて、何というか媚びのない響きの美しさというのか、そういうのがジワジワと立ち昇ってきて、いつしか聴き手の耳を捉えて離さなくなるという感じです。

しかし、いくらノンヴィブラート奏法と言ったところで、何しろ16型ですし、あそこまで磨き抜かれたような艶やかな響きが出せるものかとも思ったのですが、おそらく常日頃からアンサンブル全体に、この奏法の思想のようなものが浸透し切っているからこそ、出せるのでしょう。それはノリントンの薫陶の賜物であって、ノリントン/シュトゥットガルト以外に出しようのない掛け替えのない音響であり、いずれにしても聴いていて端的に素晴らしいと思えるものでした。

このエルガー作品は、ノリントンには自家薬籠中とみえて、暗譜で楽々と指揮しました(ブラームスは譜面を見ながらだったのに)。このエニグマ変奏曲は各変奏にパーソナリティが持たされているので、それらのキャラクタライゼイションがどうとか、演奏に際してよく言われるところですが、ノリントンは特に奇を衒った仕掛けを打つでもなく、彼にしては生真面目なくらいに、堅実にオーケストラをドライブしていきました。彼がベートーヴェンなどで示すような、ある種の遊びもなく、全体に意外なくらい手堅い指揮ぶりでした。

それなら昨日ブログに書いた「ノリノリ」というのは一体ウソなのかと思われるかも知れないですが、それは実のところ半分シャレですが(すいません、、)、しかしオーケストラの駆動において全体に「ノリの良さ」が強く伺われたことは確かで、少なくともノリントンは自分がノルのではなく、むしろオーケストラを上手くノラせていたな、と思ったのでした。押すところは押し、引くところは引く、そのあたりの手綱さばきが絶妙であり、金管もティンパニも鳴らすと決めた個所は容赦なくバンバン鳴らしますし、なかんずく終盤(第14変奏)での突き抜けるような音響のカタルシスは痛快の一言でした。

もっともノンヴィブラートの特性からくる代償として、アンサンブルに音響的な「ふっくら感」が十分に出ないことも事実で、全体的にマスとしての響きの、ドッシリとしたボリュームの手応えに物足りなさもあった点は止むを得ないところかと感じましたし、それは聴き手によっては何となく違和を感じるところであるかも知れません。

アンコールのワーグナーとウォルトンでは、なにか羽目を外したように猛烈に鳴り響くアンサンブルの、イケイケ的な演奏が披歴され、こちらも凄い聴きものでした。先々月のミュンヘンフィルのワーグナーの重厚型のスタイルとは一線を画した、パンチ力勝負型の演奏展開でしたが、これはこれで凄いと感心しました。

以上、当夜のコンサートは全体的にノリントンの、エンターテイナーとしての才覚、ならびに独自性を追究する音楽家としての才覚の良く発揮された演奏内容と感じられましたし、特にエニグマ変奏曲はノリントン/シュトゥットガルト以外では聴けないかと思えるような、その面目躍如たる見事な演奏内容でした。

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