カンブルラン/読売日響の演奏会(サントリーホール 5/1)の感想


昨夜(5/1)のサントリーホール、カンブルラン/読売日響のコンサートの感想です。

オーケストラの配置はステージ向かって左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラと並べたVn-Va対向配置でした。

まず16型の編成でバルトーク「2つの映像」が演奏されました。これはバルトークの、最もドビュッシーに接近した音楽と言われ、とくに第1楽章はフランス印象主義的な雰囲気を湛えた作風ですが、そのあたりに相応しい「淡くて、強い音」を出そうと、全体にアンサンブルが苦心して工夫しつつ演奏しているという風で、特に抑制されたヴィヴラートの醸し出す、透明な響きの美感など、聴いていて何となく、一年前のカンブルラン/読売日響の演奏会で聴いたラヴェル「クープランの墓」を彷彿とさせました。

続いて編成を12型として、モーツァルト交響曲第41番「ジュピター」が演奏されました。

そういえばモーツァルトの「ジュピター」を聴くのは、昨年9月のサントリーホールでの読売日響の定期演奏会以来です。この時はカンブルランの前任者スクロヴァチェフスキーの指揮でした。

ここでカンブルランの披歴した作法は、先日のコンサートでの冒頭を飾ったベートーヴェン・コリオラン序曲で示したものと似たような感じで、やや変則的なアゴーギグを交えつつ、アタックの強い、鋭利な雰囲気の演奏が展開されたのですが、どうも聴いていて先日のコリオラン序曲ほどには音楽が強くに訴えてこない、正直そんな印象を覚えました。

弦のボウイングに関しては、第1楽章ではヴィヴラートをほとんど掛けず、逆に第2楽章はヴィヴラートを多めに、という風に、かなり大胆に変えていましたし、時々パウゼを大きくとったり、テンポを細かく動かしたりと、確かにカンブルランとしては手練を尽くしたような、緻密を極めた演奏だったように思われたものの、聴いていて何か細工が過ぎるというのか、いわば仕掛けが多すぎて、むしろ自然な音楽としての感興の高まりとか、古典派の作品としての調和の取れた情趣といったものに対し、干渉が過ぎるのではないかと、いう風に思えなくもありませんでした。

そのあたりのデフォルメに加えて、提示部の反復された第2楽章の長丁場が、いささか冗長と感じられたことも手伝い、全体を聴き終えて、いまひとつピンとこないモーツァルトだったなと思ってしまったのでした。しかしそれは単に、私自身がカンブルランの巡らせた仕掛けの意図なりを咀嚼し切れなかっただけなのかもしれませんが、、

休憩を挟んで、編成を16型とし、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」が演奏されました。

この曲を私が実演で聴いたのは、昨年12月のサントリーホールでの、ゲルギエフ率いるマイリンスキー歌劇場管弦楽団の来日公演以来でしたが、当夜のカンブルランのハルサイは、あの時のゲルギエフのハルサイとは、おそらく真逆に近いくらいのコンセプトの演奏と思われるのに、それと同じくらいに強い表出力の漲る、素晴らしい演奏でした。

そのゲルギエフ/キーロフのハルサイというのは、例えば重低音の猛烈な押し出しとか金管パートの獰猛な張り出しを伴う、コッテリとして濃密無比で、これ以上にワイルドなハルサイというのも、ちょっと考えられないのではないかというくらいの演奏でしたが、必然ハーモニーの見晴らしとか怜悧な音色のニュアンスなどは二の次、という風な演奏でもあったのでした。

対して当夜のカンブルランのハルサイの場合は、まず何よりアンサンブルの細密感や響きの情報量が素晴らしく、例えば強大なフォルテッシモも含めて常に音響全体のバランスを考えたり、細やかなフレーズさえも埋没するのを防いだり、というのが積もって、音響のバーバリズムというよりは作品自体の構造的な迫力で聴かせる、というような路線がコアとされていた演奏でした。

それでいて例えば練習番号53以降などのように、作品として猟奇的ないし破滅的な響きが要求されているところでは、すごい変わり身で金管パートと打楽器を中心に凄まじく強烈な響きを叩きつけるなどして、尋常でない緊張感を捻出するという、ある種の離れ業を事も無げにやってのけたのです。その強烈なインパクトは聴いていてゲルギエフ/キーロフのハルサイにも匹敵するかと思えるくらいでしたし、白熱部での熾烈なまでのダイナミクスの様相も筆舌に尽くしがたく、聴いていて強烈に惹きつけられましたし、聴き終えてのカタルシスも絶大でした。

このようなスタイルのハルサイであってみれば、例えばピエール・ブーレーズのハルサイのように、客観を極めた解釈の極北に位置する演奏というのとは少し様相が異なり、なかんずく作品の持つ構造美と猟奇性とを鮮やかなまでに切り分けた表現手法という点において、私は聴いていて、ブーレーズよりはエトヴェシュのハルサイを連想しました。かつてアンサンブル・アンテルコンタンポランの音楽監督を務めたペーター・エトヴェシュと、その終身客演指揮者であるカンブルランとの間に、何らかの繋がりがあるのかもしれない、、そんなことを聴いていて思ったりもしました。

それにつけても当夜のハルサイにおける読売日響のアンサンブル展開は聴いていて惚れぼれするばかりで、演奏技術、集中力、小刻みに変動するテンポへのレスポンスの良さなど、いずれも抜群であり、おそらくアンサンブルとしての持てる技量の全てを出し尽くした演奏ではなかったかと思えました。

もっとも今回のハルサイの出来ばえは、おそらくカンブルランの就任披露の演奏会ということで、読売日響の少なくとも普段以上に気の入ったアンサンブル展開の結果ではないかという気もします。ので、この水準を今後の定期などでも持続できるか否かは、おそらく今後のカンブルランの運営次第ということになるのではないでしょうか。

以上、当夜のカンブルランの就任披露演奏会は、前半のモーツァルトが私には少しピンと来なかったとはいえ、後半のハルサイは問答無用というほどに素晴らしく、とくに現代もののプログラムにおいて、この演奏水準が今後も維持されることを、ぜひともカンブルランには期待したいと思いました。

# 明日はラ・フォル・ジュルネに行く予定です。

コメント

 

コメント

 
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

Powered by FC2 Blog
Copyright © クラシックCD感想メモ All Rights Reserved.