読売日響の定期演奏会(スクロヴァチェフスキーの指揮によるブルックナー交響曲第8番)の感想


昨夜のサントリーホール、スクロヴァチェフスキー(以下、ミスターS)/読売日響によるブルックナー交響曲第8番の演奏会の感想です。

オーケストラ編成は16型、配置はステージ向かって左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラと並べた変則配置(Vn-Va対向配置)でした。

まず第1楽章冒頭部、トレモロに先導される各主題の提示場面から落ち着いた足どりで開始されましたが、この幽漠とした楽章に隠された意味深さを掘り起こし、それを聴き手に漏らさず伝えようとするかのような、凄い気迫を伴うアンサンブルの充実感、その奏された主題の堂々たる立体感、訴求力、いずれも目覚ましく、聴いていて早くも胸が高鳴るような思いでした。

この第1楽章に関しては、特に終盤でトランペットとホルンを中心に金管パートの音程に安定感を欠く局面が見受けられたのが残念でしたが、全体としてはミスターSならではの稠密なブルックナーの世界が十分に開陳され、フォルテッシモの見事な鳴動力ともども、その広々として雄渾な音景に強く魅せられましたし、特に主題に昇華される前の萌芽状態にあるメロディがハーモニーから鮮明に浮き上がっているのを耳にした時など、そこにミスターSのブルックナー演奏に対する拘り、執着ともいうべきものが描き切られていたように思えました。

それは第2楽章も同様で、特に内声部に対しては非常な神経が行き届いた演奏であることが聴いていて伝わってくるような情報量の豊かなアンサンブル展開が、このひとつ間違うと単調な舞曲にも落ちやすいスケルツォを、すこぶる複層的なメロディの絡み合う美しい趣きの音楽として描き出していました。

ただ惜しむらくは、ここでも強奏時のいくつかで勢いあまったかのごとくに、金管パートの音程が少し不安定な局面が散見されたこと、それに伴いアインザッツが少々揺らぐような感覚を聴いていて余儀なくさせられたことでした。それほど大きな瑕疵ではないにしても、昨年秋のブル9の実演がパーフェクトであっただけに聴いていて少し気にならざるを得ませんでした。

しかし再チューニングを挟んで開始された第3楽章以降は、そのあたりの瑕疵も影を潜め、完成度と表出力とが高いレベルで融合したような素晴らしい演奏が披瀝されました。

ことに第3楽章は、あたかもハーモニーを顕微鏡で覗くような細密感を伴う、主観的に練り切られたアンサンブルが素晴らしく、そのあたりのミスターSの練達のアンサンブル展開が、この楽章の途轍もない深淵に照応し、その音楽が如何に雄大で、いかに深刻な内容であるかを、否応なく実感させられるような演奏でした。その細密的な表現の濃厚な味わいというのが途方もなく、まさしくパトスも感傷もない絶対音楽としてのブルックナーでありながら、たとえ安寧で穏やかな雰囲気の背後にさえ恐怖にも似た圧迫感が潜んでいるのではないか、、そんなことを聴いていて感じさせられました。

そうかと思うとシンバルを伴う終盤の最強奏においては、スコアに無い強烈なリタルダンドを仕掛けるなど、ギクリとするようなテンポの動きで指揮者としての主観をアンサンブルに刻み込むのです。この押し引きの手腕が絶妙なのであり、このようなスタイルはブルックナー指揮者としても珍しい部類に入るのではないでしょうか。

一体、ミスターSのブルックナーというのは、客観的なアプローチなのか主観的なアプローチなのか、主知的なのか主情的なのか、聴いていて分からなくなることがしばしばですが、当夜もまさにそうであり、そんな単純な二分法では割り切れない何か絶対的な図面が指揮者の根底にあり、そこには常人には想起しがたい模様が描かれている、そんな気がしてなりません。

それでいて決して表情があざとくならないのは、やはり音楽の本質をがっちりと掴んでいるからなのでしょう。いずれにしても、その音楽の福浄感は名状を超えたものでした。

そして終楽章はミスターSの持ち前の流儀で造形を為した個性的な表現でありながら、同時に張り詰めるようなダイナミクスと、ハーモニーの素晴らしい見通しとが絶妙にバランスされた、ものすごい演奏でした。

この終楽章に関しては、昨年耳にした9番の実演の再来というべき内容で、このブルックナーのシンフォニーがいかに構造的に美しく、そして同時に、いかに音響的に凄絶であるかを、ギリギリのバランスでもって並列的に突き付ける、そんな演奏が展開されました。

しかし、こと表出力の点では当夜の方が僅かに凌駕していたとも思えます。ミスターSの常任指揮者としての最終公演、その最終局面において、おそらくアンサンブルの持つ全てを振り絞った、それこそ命懸けというくらいのものが、そこには発揮されたのではないか。そんな風に思われてなりませんでした。クライマックスでの肺腑をえぐるような最強奏、コーダでの世界を包み込むような壮大な響きと、乾坤一擲の凄味。まさに「燃え尽きた」演奏であって、そこには指揮者とオーケストラ双方に去来する万感の思いのような感情の動きがあったのかも知れません。

以上、本公演のブルックナーは作曲家の畢生の大作ともいうべき第8交響曲に対して世界最高峰のブルックナー指揮者と、その手兵オーケストラが為し得た、こと表出力において最高水準の演奏と思われましたし、聴き終えて激しい感動に打ちのめされ、これほどのブルックナーを日本のオーケストラで耳にし得たことに感無量の思いでした。

なお、昨日の更新で「終楽章で一か所、ノヴァーク版には無いはずの(ハース版に特有の)楽節が確かに演奏されていた」と書きましたが、これは第2テーマ再現部の第566小節のところに、ハース版の楽節が挿入されていたのでした。

このことにつき後日、少し思うところを書きたいと思います。

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