セーゲルスタム/読売日響のコンサートの感想


昨日のセーゲルスタム/読売日響のコンサート(サントリーホール 2/12)の感想です。すいませんが長いです。

まず16型のオーケストラ編成から、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死が演奏されました。オーケストラの配置はステージ向かって左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラと並べた変則配置でした。

しかし、これは少し物足りない演奏に終始しました。遅めのどっしりとしたテンポ感で一貫された、重々しい足取りのワーグナーでしたが、いかんせんアンサンブルが、まだ十分に調子づいていないような感があり、最強奏の迫力の大人しさなど、どうも煮え切らないような印象でした。後半部のワーグナーの方での充実感からすると、この時は車で喩えるならエンジンが十分に温まっていない状態だったのかも知れません。

続いて編成を10型に刈り込み、ルベン・シメオのトランペット・ソロでハイドンのトランペット協奏曲変ホ長調が演奏されました。

シメオはトランペットの神様モーリス・アンドレの唯一の弟子にして、10代の若さで幾つもの国際コンクールで上位入賞という輝かしい経歴を収め、現在は弱冠18歳ながら既に天才トランペッターとしての名声を勝ち得ている、凄腕のアーティストとのことです。

その演奏ですが、確かに技術的な安定感が抜群で、演奏ミスも皆無。その点では聴いていて素直に感心させられましたが、トランペットの表現力に関しては正直、そんなに凄いのかなという印象も拭えませんでした。

ただ、それは私がハイドンのトランペット協奏曲という作品を良く知らないからそう思うだけで、本当は凄い演奏だったのかも知れません。というのも私は、この曲を実演で聴いたのも今回が初めてなら、CDでも聴いたことがあったかなというくらい知らないのです。

プログラムの作品解説を読むと、本来この作品は当時ハイドンが鍵盤付きトランペットという「特殊楽器」のために書いた曲とされますが、それだと、いかにも簡単そうに吹いていても実は非常に難しいテクニックが必要だったりとか、そういうことがあるのかも知れないですし、そもそも作品自体の奥行きが今一つピンとこないので、演奏自体の出来栄えもピンと来なかったのかも知れません。要するに私は、この曲を少し持て余しながら聴いていたのでした。

休憩を挟んで、編成を16型に戻し、いよいよセーゲルスタムの交響曲第198番の自作自演(世界初演)が披露されました。

この交響曲には「Spring or Winter, Winter or Spring」という副題があり、休憩時に目を通したプログラムの作品解説によると、「冬と春の境目にある季節の姿を描いた作品」とあり、曲の主な要素は鳥の鳴き声で、例えば「チチ・チー」というのが、「まだ冬が支配していても春がすでにそこまで来ていることの前兆」などと書かれています。また「指揮者はおらず、セーゲルスタム自身がオーケストラに入って第2ピアノを演奏する」とも書かれています。

後半が始まってステージを見ると、なるほどセーゲルスタムの姿は指揮台になく、第1ヴァイオリン後方とヴィオラ後方とに、それぞれピアノが一台ずつ配置されていて、セーゲルスタムは第1ヴァイオリン後方のピアノの奏者としてスタンバイしているのです。

何ら予備知識のない私は、作品解説を読んで「もしかして、ムード音楽っぽい曲なのかな」とも思ってしまったのですが、いざ演奏が始まってみると、いきなりトロンボーンの強烈な咆哮で幕を開け、その後もムード音楽どころか壮絶な雰囲気に満ちた、本格的な現代音楽が披歴され、良い意味で意表を付かれる思いでした。全曲で約20分ほどの規模でしたが、そこではトーン・クラスターの過激な和音を随所に交えての、すこぶる熾烈な音響展開がホールに充溢したのです。

その無調ベースのハーモニーにおいてはおよそ耳当たりの良いメロディなどは聴かれず、その中において一定の間隔でベルが強打する「チチ・チー」の動機がベルリオーズ「幻想交響曲」終楽章の鐘の音形さながらに鳴り響いたり、時にはマーラーの交響曲第6番よろしく木製のハンマーが振りあげられ、激烈な3連打を叩き込んだりと、全編ある種の抜き差しならない痛みを孕んだような、その表現主義的な作風の度合いと、アンサンブルとしての表出力が素晴らしく、これは少なくとも前半のワーグナーの数倍くらいは聴いていてゾクゾクさせられたように思います。

それに加え、16型の大編成のアンサンブルが、指揮台をカラにして、これだけの大規模な管弦楽作品を、これだけ精妙に演奏できるという事実にも、少なからず衝撃を受けました。なにしろ前半のワーグナーをも凌ぐ音量をもって無調の複妙なハーモニーが指揮者なしでガンガン繰り出されてくるのですから、何か魔法でも見ているような面持ちでステージに見入ってしまったほどでした。

したがって、このセーゲルスタムの自作自演は、私にとっては視覚的にも聴覚的にも希有の体験でしたし、それだけなら大満足なのですが、この作品には実は、どうしても聴く側が考えざるを得ないような問題提起が内在されていて、その回答が私には聴き終えた時点で掴めず、それゆえ何かスッキリしない気持ちも残ったのでした。

その問題提起というのは、要するに「交響曲第198番」というネーミングのことです。

少なくとも私の認識だと、ベートーヴェン以後、交響曲という名を冠する全ての作品は、およそベートーヴェンとの関係から逃れられないのであって、実際ベートーヴェン以後で交響曲を作曲した作曲家で、ベートーヴェンを意識しなかった人など、ほとんどいなかったのではないでしょうか。

そうすると、このセーゲルスタムの交響曲も、やはりベートーヴェンとの関係で捉えるべき作品ということになるのでしょうか。

そうなると私にとって分からなくなるのが、セーゲルスタムが2010年の現在で200曲を超える大量の交響曲を作曲し終えていて、それも年間数十曲もの交響曲を毎年のように作曲している、という事実の意味です。なにしろベートーヴェンは生涯をかけて9曲ですから、これは幾らなんでも多すぎるのではないか、と思わざるを得ません。

変に誤解されないよう書き加えますが、私には別にセーゲルスタムの作曲スタンスを揶揄するような意図は全然なくて、ただ単純に私が「分からない」から書いているだけで、あの交響曲はベートーヴェンとの関係で捉えて聴くべき作品なのか、そうでないのか、それが分からなかったということなのです。

あの交響曲が、もしムード音楽的な軽い作風だったとしたら、私はベートーヴェンとの関係なんて全く考えず、「名ばかり交響曲」で済まして終わっていたと思うのですが、少なくとも私の印象として、今回披露されたセーゲルスタムの交響曲は、ベートーヴェンの交響曲に内在する精神と、一脈通じるような気配が垣間見られたような気がしたので、そういう疑問が聴いていて私の中に湧き起こったのでした。

最後のワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲は、アンコールの「ローエングリン」第3幕への前奏曲も含めて、前半のトリスタンとは打って変わったような充実した演奏でした。セーゲルスタムの重厚で濃密な音楽のスタイルをアンサンブルが高い共感をもって受け入れ、恰幅良く鳴り切ったようなアンサンブルから繰り出される、有機的な音楽のうねりが素晴らしく、聴かせどころにおいて大編成の厚ぼったいハーモニーが抜群の秩序を持って鳴動する様は聴いていて率直にジーンとくるものがあり、それも突き詰めると指揮者のアンサンブルに対するメンタル面での牽引力の賜物のように思えました。

ただそれでも、というよりむしろ、その演奏が素晴らしいものであったがために、却って日本のオーケストラの、現状における限界点のようなものが薄らと伺われたような気もしたのです。

というのも、私は同じサントリーホールで昨年の11月に、バイエルン放送交響楽団によるワーグナー作品の実演を聴いたのですが、偶然か否か、その時の公演と当夜の読売日響とが、割り合いに「かぶっている」のです。具体的には、編成(16型)、配置(変則型)、曲目(アンコール曲)が両公演で同じでした。

その公演の感想は以前にブログに書きましたが、その時にバイエルン放送響が披歴した本場のワーグナーと引き比べると、当夜の読売日響のワーグナーは正直それなりに聴き劣りがすると言わざるをえませんでした。

しかし何が原因で聴き劣るのか、となると、私には明瞭な理由がズバッと浮かばず、正直わからないのですが、ひとつだけ気が付いたことを書くなら、当夜の読売日響のワーグナーの場合、ハーモニーが一定以上の大音量になると、アンサンブル全体としてアクセルの踏み込みを抑え、ハーモニー相互のバランスを整えにかかる傾向があるのに対し、バイエルン放送響の場合は、ある一定以上の大音量になってもアクセルの踏み込みを抑えるどころか、更に踏み込むような、もの凄い音を出しておいて、そのくせアンサンブル相互のバランスは最良ともいうべきプロポーションに保たれ、聴いていて危うさというものを感じないのです。

とはいえ、それが日本とヨーロッパのオケの、現状における自力の差だとか、伝統というものに歴然の違いだとか、そんな単純な話でもないような気もするのです。むしろ音楽というものに対する日本と西洋との捉え方の違いに根ざした何かが、、?

以上、当夜のコンサートは、何だか色々と考えさせられることが多くて、案の定というか、かなり長々とした感想になってしまいました。それは演奏内容が良くないという話では全然なくて、ひとえに私の思考力の低さゆえなのですが、どうも聴き終えてモヤモヤした気持ちの残った、そんなコンサートでした。

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