朝比奈隆/ベルリン・ドイツ響による89年ベルリンでのベートーヴェン「英雄」のライヴ


ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」
 朝比奈隆/ベルリン・ドイツ交響楽団
 ヴァイトブリック 1989年ライブ SSS0104
SSS0104

昨年末にリリースされた、朝比奈隆が当時のベルリン放送交響楽団であるベルリン・ドイツ交響楽団を指揮したベートーヴェン「英雄」のライヴ盤を聴きました。

これは第39回ベルリン芸術週間におけるコンサートのライヴで、1989年9月24日、ベルリン・フィルハーモニーホールでの演奏とされます。この年の11月にはベルリンの壁が崩壊するのですが、その直前期の緊迫した状況下、ベートーヴェンの「英雄」を十八番とする朝比奈が、ドイツの名門放送オケに客演し、どのような演奏を展開するのか興味津々で、さっそく聴いてみました。

すると第1楽章冒頭から弦の厚味とバスの豊かな支えに導かれるように、朝比奈らしい風格に満ちたメインテーマが描き出され、以降も堂々たるスローテンポを持続させつつ、全体的に弦パートを確として上位に据えた、まさに朝比奈流アンサンブル展開の魅力が充溢し、その演奏の素晴らしさには、聴いていて実直に胸打たれる思いでした。

本場ドイツのオーケストラを振りながら、全く朝比奈流の様式が披歴されているあたりの、その徹底ぶりにも驚かされるばかりで、例えば展開部に入ってテンポが減速するにつれて響きの凝縮力が跳ね上がるのは、朝比奈演奏の大きな特徴ともいえるのですが、この演奏でもその特性がしっかり確保されており、聴いていて嬉しい限りでしたし、再現部からコーダまでの大河的な音楽の流れも比類ないくらいのスケール感があり、実に深々とした余韻が刻み込まれました。

続く第2楽章ですが、冒頭あたり、指揮棒とアンサンブルの呼吸が合わず、和音がグラっとした感じになっているのが気になりますし、少なくとも中間部まではアンサンブルの流れに何処かスムーズさを欠いたギクシャク感があり、正直このままだと良くないなと、いう感じで聴いていたのですが、それが後半のフーガに入るや一気に立て直されているのです。

そのフーガにおいては、(9:30)あたりで渾身のクレッシェンドを仕掛けて、もうデュナーミクの限界とさえ思える直後の(9:41)で、更なる圧倒的なクレッシェンドを仕掛ける、この超絶的なクレッシェンドの畳み掛けが、何と言っても圧巻であって、これには聴いていて本当に言葉に尽くせぬほどの絶大なる感銘が湧き起こり、同時に楽章前半の演奏に対する不安や不満も吹き飛ばされてしまいました。

第3楽章と終楽章も徹底的ともいうべき遅めのテンポで一貫された、すこぶる重厚な造形展開が貫徹され、さすがに躍動感こそ欠けるものですが、その聴かせどころにおいては、演奏を無難にまとめようという気など、まるで無いような、はち切れんばかりの表出力が宿っていて、ひっきょう音楽の深みが並々ならない水準にまで到達している、そんな見事な演奏でした。

以上のようなことに加え、私が当演奏を聴きながら印象深く思ったのは、朝比奈の同曲の多くのCDの中でも、この演奏ならでは、というような独特の色合いが伺われたことです。

その色合いというのは、それがドイツのオケとの数少ない共演であることによるのか、あるいは、「壁崩壊」直前という特殊な時期的要因によるのか、その両方か、正直よく分らないのですが、とにかく名状しがたい独特の緊張感が最初から最後まで立ち込めていて、時々なにか緊迫した儀式でも耳にしているかのような、ある種の張り詰めたムードが強くあり、あたかも希有な瞬間に立ち会っているとでもいうべき感興が聴いていて湧き上がるような、不思議な体験を味わいました。

そういえば私が朝比奈の「英雄」の、現在10種類以上あるCDの中で最も好きな演奏というのは、実は新日本フィルとのフォンテックのライヴ盤になるのですが、それは今回のベルリン・ライヴと同年の演奏なのですね。やはり、この時期が朝比奈の「英雄」演奏史における一つの絶頂期ではないかと、そんな風に思わずにはいられませんでした。

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