テンシュテット/ロンドン・フィルによるマーラー交響曲第1番「巨人」の90年ライヴ


マーラー 交響曲第1番「巨人」
 テンシュテット/ロンドン・フィル
 BBCレジェンド 1990年ライヴ BBCL4266
BBCL4266

BBCレジェンドからリリースされた新譜で、クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルの演奏による、マーラー交響曲第1番「巨人」のライヴ盤を聴きました。

収録されている演奏は1990年1月のロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールにおける演奏会のライヴ録音です。なお、併録曲はグリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲ですが、こちらは1981年エジンバラ音楽祭での演奏会のものとされます。

このマーラーのライヴは、ちょうどテンシュテットが喉頭ガンとの闘病生活から復帰した時期の演奏になるのですが、テンシュテットが最晩年の90年代に、手兵ロンドン・フィルを指揮したライヴには、例えば91年のマーラー「悲劇的」、92年のベートーヴェン「第9」、93年のマーラー7番など、いずれも神憑り的な名演が残されています。

ですので、今回リリースされたロンドン・フィルとの90年のライヴも、それらに類するような演奏なのではないかという、漠とした予感から購入したのですが、結論から言いますと、これは私の事前の想像をも超えた、まさにテンシュテットの迫真ともいうべき、壮絶を極めたマーラー演奏でした。

まず音質に関してですが、シャーというアナログノイズが一貫して高いのに加え、音擦れのようなノイズも割り合い多く、少なくとも聴き易い音質とは言い難い印象は否めません。これはマスターテープの保管状態が、それほど良好でなかったのかも知れません。

このため第1楽章冒頭の弱奏進行あたりまでは、音質が思ったより良くないので、正直これで大丈夫かなと思ったほどなのですが、そんな不安が消失したのは、強奏部に入るやテンシュテットが、異常なまでの響きの濃密さや、各パートの放つ音色の持つ抜き差しならない表出力など、すこぶる緊迫した音楽の色合いをロンドン・フィルのアンサンブルから抽出し始めたためです。

特に音楽が楽章の終盤に進むにつれ、とても気楽に森を散策するなどという雰囲気ではない、むしろ得体不明な何かが急迫するとでもいうような、常軌を逸した緊迫感が演奏全体に立ち込める様は、我ながら自分が現に聴いている音楽が、本当に「巨人」なのかと疑ってしまうほどで、ことに楽章終盤でトランペットやホルンが強奏するモチーフが、こんなに戦慄的に響くのを、私は初めて聴くような気さえしますし、コーダのアッチェレランドに到っては、およそ常軌を逸しているとしか言いようがなく、これは一体なんという演奏なのだろうと、聴き終えて暫く茫然とさせられるほどでした。

少し落ち着いてから、第2楽章を聴き始めたのですが、これがまた凄まじく、まるで暴風雨のような雰囲気が演奏に張り詰めていて圧倒させられる思いです。ここには安逸で軽薄な雰囲気など薬にしたくてもなく、この第2楽章で、こんなに深刻な表情が可能であること自体が、私には驚異的に思えました。

続く第3楽章も、やはり重々しいムードに包まれながら音楽が進行するのですが、粛然とした中にも何所か切迫した緊張感が絶えず、それが破滅の終楽章に向かってジワジワと高まる様は、まるで死地に赴く人間の心情に近いのではないか、とさえ聴いていて思えるほどです。

終楽章は文字どおり超絶的な演奏としか言い様がなく、冒頭から世界の破滅のような響きが鳴り響き、異常なまでの緊張感が張り詰め、この世のすべてを薙ぎ払うかのようなアンサンブルの最強奏といい、(2:06)での命が掛かったような全身全霊のリタルダンドといい、(8:29)での断末魔的な金管の絶叫といい、いずれにおいても迫真とか壮絶とかいう言葉では到底言い表せないくらいの、名状し難い演奏が展開されていて、聴いていて興奮を通り越し、それこそ鳥肌の立つような精神の激しい揺さぶりとでもいうべきものを、聴き手の心に巻き起こすような、そんな途轍もない演奏でした。

それにしても、このマーラー交響曲第1番「巨人」という、聴いていて率直に(お手軽に)興奮させられるような演奏も少なくない作品において、このテンシュテットのライヴのように、聴いていて精神が激しく揺さぶられるような状態にまで追い込まれる演奏というのは、極めて稀ではないかと私には思えてなりません。

この演奏においては、例えば猛り狂うアンサンブルの傍にさえ、まるで破滅を予感しているような一抹の悲しい虚無感があり、それが合流し一体化するとき、いわく名状しがたい深みのある奥行きが演奏に与えているのです。この作品で、聴いていて、こんなに胸が詰まるような演奏というのは、少なくとも私は初めての体験のように思えました。

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