ゲルギエフ/キーロフ歌劇場管によるプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」全曲


プロコフィエフ バレエ音楽「ロメオとジュリエット」全曲
 ゲルギエフ/キーロフ歌劇場管弦楽団
 フィリップス 1990年 PHCP265-6
PHCP265-6

昨日の更新で、ワレリー・ゲルギエフが手兵のロンドン交響楽団を指揮したプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」全曲盤の新譜についての感想を掲載したのですが、ゲルギエフはプロコフィエフの「ロメジュリ」全曲盤を、彼のもう一つの手兵であるキローフ歌劇場管弦楽団を指揮して以前にレコーディングしています。

この旧録音は、ゲルギエフが1988年にキーロフ歌劇場管の音楽監督に就任したあと、このオケと最初に手掛けたレコーディングになるのですが、その背景として、おそらくキーロフ歌劇場管との記念すべき初録音に、この歌劇場にゆかりの作品が選ばれたのではないかと思われます。というのも、このプロコフィエフの「ロメジュリ」は1940年にキーロフ歌劇場において世界初演された経緯があるからです。

それで、このキーロフのオケとの旧録音と、今回リリースされたロンドン響との新録音とで、少し演奏の聴き比べをしてみたのですが、少なくともフレージングの組み方などは双方とも似ていて、この作品に対するゲルギエフなりの演奏ビジョンが、おそらく初録音の時点で既に固まっていたのではないかと思われました。

このキーロフ管との演奏は、例えば最初の前奏曲(1:22)から「ロメオとジュリエットの愛の主題」が、アンサンブルの低声に大きく歌われる場面の惚れぼれするような濃厚なコクを始めとして、全体的に低音部の濃密な味わいに得難い魅力があり、特に情緒的に歌わせる場面での訴求力が素晴らしいですし、全4幕を通して、晴れやかにしてロマンティックな雰囲気から、暗く悲劇的な情緒に到るまで、この作品に要求される音楽的な情感が過不足なく、いわば等身大に表現されていて、このプロコフィエフ作品にゆかりの深いオケの演奏に恥じない、高度な完成度の演奏という印象を感じます。

しかしながら、ゲルギエフ/キーロフ歌劇場管の本領からすると、いささか優等生的な演奏、という印象も受けます。私の場合、ちょうど今月の初めにサントリーホールでゲルギエフ/キーロフ歌劇場管の「春の祭典」の超絶的な実演を耳にしているので、尚更そういう風に感じられてしまうのかも知れないですが、演奏が等身大であるがゆえに、このコンビの絶好調時に聴かれる、計り知れないほどにダイナミックな表現力の発露が、ここでは割り合い大人しく、特に打楽器や金管の効き具合が今一つ突き抜けないのが聴いていて気になりますし、全体的にゲルギエフにしてはダイナミック・レンジにおいて少し思い切りに欠けるというか、完成度は高いものの、それなりに抑制を効かせた感じのバランスに仕上げられているような感じがします。

これに対して、今回リリースされたロンドン響との新録音においては、昨日も書きましたように、こと完成度の面では若干の綻びが伺われるとしても、こと表出力においては素晴らしい水準にあり、アンサンブルを思い切り良くドライブし、SACDの高音質を追い風に、ゲルギエフらしい音楽の豪胆性が聴いていて仮借なく伝わって来るような演奏でした。

以上のように、両盤を聴き比べた結果、少なくとも演奏全体の完成度や、ロシア音楽としての旋律的な情緒の発露の度合いについては、キーロフのオケとの旧盤に軍配が上がり、音質の良さや、思い切りの良いアンサンブル・ドライヴがもたらす音楽としての表出力の強さにおいては、ロンドン響との新盤に軍配が上がる、というのが私なりの両盤に対する率直な印象になります。

私は、どちらかというと今回の新録音の演奏に強く惹かれるものがあり、おそらくゲルギエフが本当に表現したかったのは、今回の新盤の演奏なのではないかという印象さえ感じているのですが、仮にそうでも、それは彼の録音キャリアの原点ともいうべき、このキーロフ管とのロメジュリがあればこそとも思われますし、何といっても同作品の初演オーケストラによる貴重な録音なのですから、その存在意義は、やはり揺るがないでしょうね。

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