ブーレーズ/クリーヴランド管によるストラヴィンスキー「春の祭典」(グラモフォンの新盤)


ストラヴィンスキー 春の祭典、ペトルーシュカ
 ブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団
 グラモフォン 1991年 435769-2
435769-2

今月の2日、サントリーホールで聴いたゲルギエフ/マリインスキー歌劇場管の来日公演につき、一昨日その感想を掲載したのですが、その補足を少し書きます。

その感想の中で、ロシア音楽的「春の祭典」としては唯一無二ともいうべき圧巻の演奏内容であるとしても、現代音楽の起点としての意味合いが相当に希釈化された演奏ではないかという趣旨のことを書きました。

そして、それは同じ顔合わせで録音されている同曲のCDを聴いて感じた印象とも概ね重なるものです。

UCCP1035
ストラヴィンスキー 春の祭典
 ゲルギエフ/キーロフ(マリインスキー)歌劇場管弦楽団
 フィリップス 1999年 UCCP-1035

上記CDですが、これを「史上最高のハルサイ」と主張している音楽評論家もいますし、世評も絶大なのですが、私には少し過大評価な嫌いもあるように思います。確かに素晴らしい演奏内容とは思うのですが、少なくともハルサイとして完全無欠な演奏かと言えば、そうは思えないからです。

そこで思い当たるのが、ピエール・ブーレーズがクリーヴランド管弦楽団と録音したハルサイ(ブーレーズとしてはハルサイの最新の録音)のCDです。というのも、このCDで聴くと、この作品が、いかに精巧を極めた音楽造型の精華であるかがよく伝わってくるからです。

このブーレーズ盤のハルサイですが、まず、一つ一つのフレージングの、ディテールに対するこだわりが尋常でなく、例えば冒頭のファゴットのフレーズからして、ゲルギエフ盤で大雑把に処理されている、細かい装飾音に対する扱いが圧倒的に緻密であり、したがって聴いていて格段にシャープな感じを受けます。他においても、例えば第1部の(9:39)から(練習番号51)ピッコロが吹く重要なフレーズなど、ゲルギエフ盤では弦の重厚な音幕に埋もれてアップアップという風なのに、ブーレーズ盤では弦に埋没させずに、アンサンブルの頂点でバシッと鳴り響いていたりなど、全体を通して、どのフレーズを強く、どのフレーズを弱くといった、細やかな切り分けが徹底的に考え抜かれたような演奏が披歴されていて、聴いていて圧倒的な音楽の奥行きを意識させられます。

テンポにしても、ゲルギエフ盤の方で猛烈なリタルダンドが仕掛けられる練習番号53からのフォルテ進行を、ブーレーズ盤の(10:20)で聴くと、冷厳なまでのイン・テンポが維持され、音量が増大しても透き通るようなハーモニーが持続し、音の情報量が恐ろしいまでのレベルで確保されていると同時に、ひとつひとつのフレーズの確かな実在感が積み上がって、聴いていて怖いくらいの音響的な立体感が捻出されているのですが、このあたりなどもブーレーズの面目躍如たる素晴らしさを感じます。

要するに、このブーレーズ盤でのハルサイは、慎重に慎重を重ねて、アンサンブルを最高の緻密さで練り上げることにより、このハルサイという作品の、造型的な特異性と、そこから導かれる音楽の美しさ、あるいは恐ろしさなどが、仮借なく抉り出されているという点において、ロシア音楽というよりはむしろ現代音楽を聴く際の感覚に近いものがあると思うのですが、この方面において、このブーレーズ盤以上に突き詰められた表現というのを私は聴いたことがないですし、従って、この行き方でのハルサイの醍醐味が無上に引き立っている演奏なのではないかと思われます。

以上、先日の補足でした。ここでゲルギエフ盤と対比したのは、あくまで両盤の解釈の対極性ゆえのことで、演奏としての優劣を云々する意図は全然ありませんし、むしろ両盤それぞれの方面において、それこそ超絶的なまでのハルサイの演奏を堪能することができる点で、どちらも素晴らしいと私は思っています。

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