新国立劇場のベルク「ヴォツェック」の感想


昨日(11/21)の新国立劇場、ベルク「ヴォツェック」の感想です。

まず演出の印象から書きます。本公演はバイエルン州立歌劇場との共同制作によるものだそうで、同歌劇場において昨年の11月に上演された「ヴォツェック」の演出がそのままの形で用いられているとのことでした。

ドイツの演出家アンドレアス・クリーゲンブルクの手による演出で、その強烈な舞台場景には確かに率直に圧倒させられるものがありましたし、その意味では称賛に値する演出だと思うのですが、いくつか引っ掛かりも感じました。

演出全体の印象を一言でいうなら、このオペラの残酷な側面、つまりヴォツェックとその家族に対する、周囲の人々の悪意が、えげつないまでに剥き出しに描かれた舞台、という感じでしょうか。これは確かに観ていておぞましい印象を受けましたし、人によってはそれこそ吐き気を催すというくらいのものではないかと思われるほどでした。第2幕のラストで、ヴォツェックが鼓手長に打ちのめされた後、周囲の兵隊たちからも殴る蹴るのリンチを受ける、第3幕のラストで、ヴォツェックの息子に両親の死を告げた子供たちが、息子に寄ってたかって石を投げつける、、、まあ何とも酷いものでした。

このあたりのコンセプトは実に徹底されていて、観た目においても、ヴォツェックとその家族以外のすべての登場人物には不気味な化粧が施されていましたし、大尉と医者に到っては、とても人間とは思えないような奇矯な外観が与えられていて、むしろ理性を失いつつあるはずのヴォツェックの方が、まともな人間に見えるように仕向けているのか、とさえ思われるくらいでした。

このあたりが、実は私が観ていて少し引っ掛かった点でした。というのも、そもそも周囲の人物のスタイルがあまりに誇張され過ぎて、かえってマンガみたいになってしまい、むしろ現実感を低めているように見えましたし、それ以上に、ヴォツェックが必要以上に「まとも」に見えてしまうようなバランスに違和感を覚えたからです。

そもそも悪いのは社会の方で、ヴォツェックは被害者だ、悪くない、なんていう主張はもちろん的外れですが、それは例の秋葉原連続殺傷事件などを思い浮かべれば明白なように、いくら周囲から迫害されていても、殺人自体を正当化することには一切ならないからですね。それがどうも「ヴォツェックがまともでない」という演出上の視点というか工夫が、観ていてあまり感じられなかったので、バランス的にどうなんだろうという疑問を、ちょっと抱いたのでした。

舞台上の全面に張られた水も、また演出における大きな特徴となっていましたが、これについては公演プログラムに演出家のコメントが記載されています。いわく「水のぴちゃぴちゃという音」を「自然の音による伴奏」と規定した上で、「至高の芸術である音楽に対して、それとは違う音を対抗させたかった」と述べています。

そのアイディア自体は確かに新鮮で、観ていて実直に感心させられました。ただ、少し気になったのは、その水のぴちゃぴちゃいう音が時として、せっかくのオーケストラの響きを無粋にかき消してしまったことですね。例えば第3幕の終盤、ヴォツェックが溺死した後に奏でられるインヴェンションのシーンで、その最強奏を過ぎて響きがピアニシモに沈静していこうとする時、いきなり子供たちが水をぴちゃぴちゃさせながら一斉に飛び出してくるので、肝心の音楽がはっきり聴こえない、など。

というように、幾ばくかの疑問も残る演出だったのですが、何しろ見応えのある舞台でしたし、その点では観ていて十分に満足のいくものでした。「ヴォツェック」という異常な雰囲気の強いオペラに対し、「異常には異常をもって対抗する」という発想自体は正鵠を射たものだと思いますし、その旺盛な表現意欲といい、全体的にはかなり好感の持てる演出であったように思います。

ヴォツェック役トーマス・ヨハネス・マイヤー:
ヨハネス・マイヤーは、今年9月のミラノ・スカラ座来日公演のヴェルディ「ドン・カルロ」で、本来ロドリーゴを歌う予定だったところを、体調不良で来日キャンセルしていますね。それで私が観た公演では、代わりにダリボール・イェニスがロドリーゴを歌うはめになったのですが、そんなこともあり、今回は大丈夫かなと思っていたら、どうやら無事、大役を果たしました。さしずめ休養十分というところでしょうか。かなり良かったと思います。ヴォツェックは難しい役柄ですので、欲を言えばそれこそキリもないですが、全体に良く声が通っていましたし、後半から終盤あたりで人格的異常に拍車が掛かるあたりも、まさに迫真の表現というべきで、観ていて思わずゾクゾクするくらい、のっぴきならない雰囲気が良く表現されていました。

マリー役ウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイネン:
歌唱力、演技力ともに高水準(第1幕の第3場で、意味不明な話をするヴォツェックに「フラ~ンツ」と叫ぶあたりの絶望的なニュアンスなど、すごく良かった)なのですが、惜しむらくは全体に高音の伸びが突き抜け切らない点です。特に第2幕1場ラストで絶叫する、マリー最高の決めセリフ「この世の人間すべてが地獄に落ちればいい」がいまひとつでした。ここは音域が明らかにソプラノ歌手向きで、メゾにはキツいですね。やはり、マリーはメゾ・ソプラノよりソプラノ歌手の方が合うように思います。

ヘンヒェン指揮による東京フィルの演奏:
最初のうちは木管の音色にギラッとした強さが希薄だったり、トッティで響きが必要以上に丸っこかったりと、聴いていて正直あまり感心しなかったのですが、中盤以降は見違えるほどに良くなりましたね。特に終盤に関しては文句なしで、もう惹き込まれるばかりでした。ひんやりとしたアンサンブルの放つ音楽の虚無的な緊張感は、耽美な音彩の向こう側に潜んでいるカタストロフの恐怖を、そしてそれが終盤に加速度的に増していく様を、まざまざと表現しているように思えましたし、ここぞという時の破滅的な最強奏の凄味も素晴らしく、特に終盤のインヴェンションでの表出力は抜群で、聴いていて激しく心揺さぶられるものでした。

それだけに気になったのが、最弱奏で聴こえる前述の水のぴちゃぴちゃ音で、このせいで本来ピアニッシモの緊張感により導かれるはずの音楽自体の恐怖感が、それなりに薄められているような気がして、ちょっと勿体ないと思いました。

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