バックハウスの最後の演奏会のライヴ・ディスク


「バックハウス最後の演奏会」
 バックハウス(pf)
 デッカ 1969年ライヴ POCL-9941/2
POCL-99412

ヴィルヘルム・バックハウスの残した一連の録音は、かつて私も夢中になって聴いた時期があったのですが、ここ数年ほどは御無沙汰でした。

それが、先週リリースされたザルツブルグでの協奏曲ライヴを耳にして、何だか彼のCDを無性に聴いてみたくなりました。それでまずブラームスの第2協奏曲のスタジオ盤を聴き、昨日それについて書いたところですが、今日も引き続きベートーヴェンのソナタや協奏曲を中心に色々と聴いてみました。

POCL-99412-2

そして、これら一連の録音のなかでも、ひときわ趣きの深い演奏として、聴いていて気持ちが強く揺さぶられたのが、この「バックハウス最後の演奏会」と題されたライヴ盤です。

このCDは1997年にリリースされたもので、1969年6月26日と28日の2日間に渡り、オーストリアのオシアッハにある修道院で開催されたバックハウスのピアノコンサートの演奏がライヴ収録されています。収録曲は以下の通りです。

①ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」
②シューベルト 楽興の時
③モーツァルト ピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」
④シューベルト 即興曲作品142の2
以上、6月26日のコンサートより
⑤ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第18番(第3楽章まで)
⑥シューマン 幻想小曲集「夕べに」と「なぜに?」
⑦シューベルト 即興曲作品142の2
以上、6月28日のコンサートより

その28日のコンサートにおいてベートーヴェンのピアノ・ソナタ第18番を弾いている途中、バックハウスは心臓発作を起こしてしまい、演奏も第3楽章で中断を余儀なくされるのですが、控え室で休憩の後にステージに立ち帰り、終楽章の代わりにシューマンの幻想小曲集「夕べに」と「なぜに?」、そしてシューベルトの即興曲作品142の2を演奏してコンサートを終えたのでした。そして、その時の心臓発作がもとで、28日のコンサートから7日後の7月5日にバックハウスは永眠してしまいます。

おそらく誰が聴いても思うように、バックハウスのピアニズムには他のピアニストの誰とも似ていない、まさに独特のタッチの感触が有りますね。その理由として、彼はピアノを美しく鳴らそうという発想を優先しないから、ということがよく言われていて、私も多分そうだろうと思うのですが、いずれにしても彼のピアニズムというのは、特にベートーヴェンの「熱情」ソナタを頂点として、時に法外なまでの表出力をもって、恐ろしいまでの凄味を発する演奏を披歴します。しかし、敢えて彼のピアニズムに欠けている点を指摘するならば、それはおそらく、ある種の感覚的な美しさであって、これは美しく鳴らそうという発想を優先しない以上、必然的にそうなります。

だから聴き手も、そういう陶酔的な音色の美しさなどは、彼のピアニズムには過分に求めないで、その代わりもっと掛け替えのないものを求めるのですが、ともかく以上のようなスタンスでバックハウスのピアノに耳を傾ける聴き手は、おそらく本CDの上記⑥と⑦の演奏を聴いて、言い知れない感銘を覚えずにはいられないのではないでしょうか。というのも、上記⑥と⑦の演奏は恐ろしいまでに美しいからです。

それも、人工的に設計したところで表出するのが不可能ではないかというくらい、限りなくピュアで、透徹して、澄み切った美しさを湛えたピアノの響き、、、抜けるようなピアノの音色の透明感、、

これは作品にストイックに没入するというよりも、むしろピアニストとしての何か超然とした境地に一人佇むような、突き抜けた趣きがあり、およそ人間がこのようなピアノを奏でられるということに、聴いていて畏敬の念すら湧いてくる、そんな演奏です。

このCDに聴かれるバックハウスの「白鳥の歌」は、おそらく彼の命の最後の光芒が生み出した、聴き手に途轍もない感銘を呼び起す感動的名演であって、バックハウスのディスコグラフィにおいても特筆されるべき録音だと思うのですが、もう久しく廃盤の状態なのですね。本当にもったいないと思います。

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