引き続き、クレンペラー/ニュー・フィルハーモニア管によるマーラー交響曲第7番「夜の歌」


マーラー 交響曲第7番「夜の歌」、5つの歌
 クレンペラー/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
 EMIクラシックス 1968年(交響曲)、62年(歌曲) TOCE-3233-34
TOCE3233

昨日の続きです。結局、まとまりませんでしたが、、

ここでクレンペラーが行っている運用上の特徴は、「スローテンポを貫徹すること」です。したがって、この演奏ではマーラーがスコアに記載した事細かいテンポ変化の指示が、全面的に排除し尽くされています。

このテンポ変化の指示に対する排除の度合いがとにかくハンパでなく、第1楽章を例にとると、(4:17)からの第1テーマにおけるアレグロ指定といった、広域的なテンポ指示を完全無視するのはもちろんのこと、第174小節(8:26)からのモルト・ぺサンテのような、局部的なテンポ指示さえもことごとく無視されていて、何があろうとイン・テンポのスロー、一点張り。これではなるほど、総タイム100分にもなるわけで、まさに「異形の演奏」としか言い様のない、そんな演奏です。

私が聴いていて思わず頭を抱えたくなったのは、一体マーラーの直弟子たるクレンペラーが、何を意図してこういう奇怪な解釈を実行したのか、それがどうにもピンとこなかったからです。確かに最晩年のクレンペラーは、イン・テンポのスタイルに傾斜しており、このマーラーもその流れで捉えれば話は簡単とも思えますが、その時期のクレンペラーの他の録音とひき比べて見ても、このマーラーでの造型の異形性はあまりにも際立っているように思えます。

演奏を聴きながら、こういう常軌を逸したテンポ設定を行い得る指揮者は、さて他に誰がいるだろうと考えてみると、唯一思い当たるのが、最晩年のチェリビダッケです。しかしチェリビダッケは、マーラーには手を出さなかった、、、

果たして、このクレンペラーのマーラー7番は、演奏として成功しているのか、失敗しているのか、私にはちょっと判りかねます。なるほど、他盤では絶対に耳にし得ない音楽の景観となっているのは確かで、それは聴いていて新鮮ですし、イン・テンポの積み上げが巨大な音楽の造形をイメージたらしめ、宇宙的なまでのスケールの広がりを垣間見させる局面も少なからずあり、そういった意味では成功しているのかも知れないのですが、比率的には、そうでない部分の方がむしろ多い、というのが率直な感想です。あまりにもテンポの起伏に乏しく、音楽が淡々と流れ、表情がもの憂く、聴いていて退屈さを催す局面も正直かなり有りました。とにかく、集中力を維持して聴き通すだけでも一苦労です。

マーラーの想定した楽曲の生理に、敢えて背き抜いたクレンペラーのマーラー7番。名演か迷演か、快演か怪演か、その判断は少なくとも私の手に余るものでしたし、たぶんいくら考えても、スパッと割り切れないような気もします。迷宮のような、ブラックホールのような、不思議な演奏です。

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