新国立劇場のヴェルディ「オテロ」の感想


昨日(9月20日)の新国立劇場、ヴェルディ「オテロ」のプレミエ公演を観ての感想です。

やはり演出のことから書きたいと思います。これは人によっては評価が分かれそうですが、私は称賛に値する演出とみました。

まず開演前にロビーで購入した公演プログラムに、本公演の演出を手掛けたマリオ・マルトーネの談話が掲載されていたので、軽く眼を通してみると、舞台装置は「一杯飾り」(転換の無い舞台セット)にしたと書いてあったので、それだと舞台進行が単調に流れないかと心配したのですが、いざ開演してみると単調どころか、目を見張るシーンの連続で驚かされました。

幕が開いてまず驚いたのは、ステージの表面積の半分超に対し水が張られた舞台の光景です。これは水の都ヴェネチアをイメージした舞台設定とのことですが、これにより合唱団を中心とする多くの登場人物は、ひっきょう水の張られていない区間に限定して配置されることになるため、観ていて舞台が人でごちゃつかずに、常に整然と秩序だったように映ります。この「水」と「人」との配置領域の設定がまず面白いと感じました。

面白いと言えば、照明効果もかなり独特で面白いものでした。前述のように舞台装置は「一杯飾り」なので、場面ごとの色分けは照明を中心に行うのですが、そこではヴェネチアの雰囲気を表すグレーを基調としながら、舞台の進行に伴って光の色合いが細かく変化するので、転換の無い舞台セットなのに、観ていて各幕ごとに全く違う印象がもたらされるものでしたし、局所的にも、例えばイアーゴがオテロに姦計を仕掛ける場面では、舞台全体にクモの巣のようなパターンを揺らめかせて、オテロがイアーゴの罠に絡め取られていく様を示してみせたりなど、時にはキャラクターの心理面も積極的に照明効果で表現するという趣向が見られました。

さらに特筆すべきは、ここぞという時の「水」の使い方で、この点は観ていて最も感心しました。というのも、基本的に登場人物は、水の張られている区間には立ち入らずに劇を進めるのですが、ここぞという時は登場人物をそこに敢えて立ち入らせることで、視覚的にドラマティックなインパクトを巧く提示していたからです。具体的には、第2幕冒頭のイアーゴの「クレド」のアリア、第4幕冒頭のデズデーモナの柳の歌、そして終幕でオテロが自害する場面、といったあたりが挙げられますが、特にすごいのは最後のオテロ自害場面で、ここではオテロが実際に水の中に倒れ込んで息絶えるという光景が披歴されました。

2009-09-20c

上の写真は、終演後に売店で買った舞台写真で、オテロの絶命の場面です。これはリハーサル時の写真なので、舞台に水が張られていませんが、本番では体が水に浸かった状態で息絶えることになります。

以上が、演出の主だった特徴です。「一杯飾り」の統一感のある舞台に「照明」と「水」とで巧く変化と起伏をもたせたなというのが私の印象で、確かに「クモの巣」など多少あざといというか、視覚的な説明が過ぎるようなところもあるにしても、全体的には個性感のある「楽しめる演出」だと感じました。

ちなみに前回(2003年)の新国立劇場の「オテロ」では、エライジャ・モシンスキー演出のプロダクションで、これは1987年のコヴェント・ガーデン王立歌劇場プレミエの舞台をそのままレンタルしたものだったのですが、とにかく観ていて変化にも起伏にも乏しくて、およそ感心できないものでした。それに比べると、今回の「オテロ」でのマリオ・マルトーネの演出は、ずっと良かったと思います。先週観たスカラ座の「ドン・カルロ」の舞台でもそうでしたが、やはり演出家の旺盛な表現意欲が滲み出るような舞台というのは、それが成功か失敗かは別としても、観ていて気持ちがいいものですし。

演出についての感想は以上で、あとは歌手などについて個別に。

オテロ役ステファン・グールド:
ヘルデン・テノールとして活躍する世界的歌手です。オテロは確かに、通常のテノールには歌いこなせない難役として知られますが、彼はさすがに高音域の朗々たる歌唱力と中音域の屈強な声質を兼ね備えた歌唱を披歴し、ここぞという時の高音の突き抜けぶりも見事なものでしたし、演技力も非常に良く、特に第3幕のラストなどは発狂的な凄味が素晴らしく、観ていて文句なく圧倒されました。

しかし、例えば第1幕のデズデーモナとの二重唱など、カンタービレをメインに聴かせる場面では、やや物足りない印象も残りました。というのも、歌唱様式がやはりヘルデン・テノールなので、イタリア・オペラの歌唱に必要な瞬発的高揚力がいまひとつ弱く、例えばデル・モナコやドミンゴといった生粋のオテロ歌いのそれとは微妙に趣きが異なるように思えたので。とはいえ、そのあたりはさすがに無い物ねだりですし、全体としてはやはり優れた役作りを披露し舞台全般をグッと引き締めていたと思います。

デズデーモナ役タマール・イヴェーリ:
悪くはなかったのですが、デズデーモナとして当初予定されていた、ヴェルディ・ソプラノのノルマ・ファンティーニの代役としては少し小粒かなという印象も感じました。全体に歌唱の線が細くて、可憐なイメージは強く出ていたのですが、局面によってはもう少し声に強さが欲しい感もあり、その清潔感のある澄んだ美声には聴いていて素直に惹かれたのですが、少なくともヴェルディ・ソプラノという感じはあまり出ていなかったように思います。

イアーゴ役ルチオ・ガッロ:
ずいぶん大物のバリトンを持ってきたなと思ったのですが、少なくとも私には、ガッロはモーツァルトの方面の歌手(フィガロとかドン・ジョバンニとか)というイメージが強くて、イアーゴは何となくミスマッチ、という印象を最後まで拭えませんでした。この人は演技力が凄いので、役作り自体は完璧で、それでカバーしていたようにも思えたのですが、ギリギリのところで違和感が、、、やはり、声質的にオペラブッファ向きだと思うので。第2幕や第3幕でオテロを陥れようと画策するあたりなど、まるでフィガロが伯爵を陥れようと画策するような雰囲気がダブってしまったり。03年の新国「オテロ」で観たホアン・ポンスのイアーゴは素晴らしかったのですが、その印象からしても、ガッロの歌唱様式はヴェルディ、特にイアーゴとしては、少なからず違和感があったというのが率直なところです。

コメント

 

コメント

 
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

Powered by FC2 Blog
Copyright © クラシックCD感想メモ All Rights Reserved.