ゲルギエフ/ロンドン響によるバルトークの歌劇「青ひげ公の城」全曲


バルトーク 歌劇「青ひげ公の城」全曲
 ゲルギエフ/ロンドン交響楽団
 LSO-Live  2009年ライヴ LSO0685
LSO0685

ワレリー・ゲルギエフが手兵・ロンドン交響楽団を指揮したバルトークの歌劇「青ひげ公の城」全曲盤が先月リリースされました。2009年1月、ロンドン・バービカンホールでの演奏会形式での上演のライヴ収録で、青ひげ公役にはウィラード・ホワイト、ユーディト役にはエレーナ・ジドコワがそれぞれ配されています。

これはゲルギエフがロンドン響のポストに就任して初のオペラ録音のリリースで、またゲルギエフによるバルトーク作品の録音もこれが初めてのはずですし、興味をそそられる要素が豊富ですので、購入して今日、聴いてみました。

ひと通り聴いた感想ですが、、、「どうも、いまひとつ」というのが率直なところです。

こと二人の歌手に関しては素晴らしい歌唱を全編に披歴していて惹き込まれましたが、肝心のオーケストラ展開において、聴いていてどうも生ぬるいような感が否めず、その印象を最後まで払拭することができませんでした。

ここでのゲルギエフは、確かにロンドン響の大編成のアンサンブルから分厚いハーモニーを繰り出し、ダイナミックにしてスケールの豊かなアンサンブル展開を成し遂げていますが、それでいて個々のパッセージにも揺るぎない安定感があり、各奏者の卓越した技量が伺えると同時に、ゲルギエフの細部に対する目配せの程も良く伺えるもので、SACDの空間性に富んだ音質のもたらす臨場感も含め、完成度と音響的スケールに関してはそれこそ瞠目に値するようなレベルの演奏であることは間違いないと思います。

それでは何が物足りないのかという話になりますが、それは端的に言えば、このバルトークのオペラ作品に内在する、ある種の猟奇性ということになると思います。

このバルトークのオペラは、聴いていてゾッとするような聴感を伴う場面に事欠かず、それがこの作品の代えがたい魅力と私は捉えているのですが、このゲルギエフの演奏では、確かに聴いていて凄い迫力だなと感じる場面は多くても、その迫力が狂的なところまで伸びなくて、例えば以下のブーレーズの全曲盤において耳にするような、聴いていて血の匂いさえも漂ってくるようなリアルな猟奇性からすると、かなり物足りない感じがしてしまうのも事実でした。

CSCR8105
バルトーク 歌劇「青ひげ公の城」全曲
 ブーレーズ/BBC交響楽団
 ソニー・クラシカル  1976年 CSCR8105

まず最初の「プロローグ」のくだりですが、このゲルギエフ盤の(6:13)から管に出る「血の動機」のパッセージはあまりにサラッとしていて血の感触が希薄です。ブーレーズ盤の第3トラック(1:28)からの同じ場面と聴き比べてみれば、その表情の差がかなり明瞭に感じ取れます。

その少しあと、ユーディトが青ひげへの情熱を激しいトーンで歌う(8:45)からのくだりにおいても、オーケストラの強奏展開にいまひとつ緊迫感が伴わず、それこそ表面的に青ひげへの情熱を歌っているように聴こえてしまうのが気になりました。というのも、ここはブーレーズ盤で聴くと、内心は恐怖ではち切れんばかりのユーディトの心理状態が実に生々しく、まさに非情なまでの生々しさで、情け容赦なく抉りだされているからです。

「第1の部屋」(拷問部屋)冒頭の、弦のトレモロ強奏と木管のトリルが織り成す響きにも猟奇感がいまひとつ弱く、「第2の部屋」(武器庫)や「第3の部屋」(宝物庫)、そして「第4の部屋」(花園)に聴かれる管楽器を中心とした音彩の冴え、音響描写の鮮やかさはさすがと思わせるものですが、各部屋で、武器、宝物、花園がいずれも血塗られていることにユーディトが気付くあたりでの音響的などきつさ、ショック感のようなものが大人しくて、やはり物足りなさを感じます。

次の「第5の部屋」冒頭でフル・オーケストラが奏でる燦然たる響きなどは実に素晴らしく、ここはブーレーズ盤を凌いで、聴き惚れるばかりです。しかし、オペラ全体のクライマックスともいうべき、ユーディトが「第6の部屋」の(10:55)で最後の第7の部屋の扉を開けるように青ひげに嘆願する場面、ここが必ずしも十分な表出力をもって描き切られていないことが、聴いていて最も不満でした。

確かに全合奏の鳴りっぷりは良いのですが、その「鳴りっぷりが良い」という以上の、そこに行ってはいけない、つまり、ここからまさに禁断の領域に踏み込むというような(シナリオの話だけでなく、音響的な意味も含めて)何か常軌を逸したような気配が、ここに十分に伴っているかという観点においては、果たしてどうでしょうか。

全体を聴き終えて思ったことですが、もしかゲルギエフ自身、このバルトークの作品に対する距離感を掴みかねているようなところがあるのではないか、そうでなければ意識的に距離を置いて、半ば突き放したような表現に徹しようとしたのではないかと、どうもそんな気がします。少なくとも、ブーレーズのような冷厳たる客観演奏の放つ透徹的な凄味をここに聴くことは、ちょっと難しいのではないかと思いました。

以上、このゲルギエフ/ロンドン響の「青ひげ公の城」は、私としては必ずしも満足の行く内容ではなかったのですが、それでも完成度、音響的スケールに関しては瞠目に値するようなレベルの演奏であることは間違いないですし、音質の良さも特筆的です。

そもそも問題なのは私の聴き方のほうであって、むしろここではオペラの心理劇の領域に深く立ち入らず、純粋にシンフォニックな醍醐味を堪能するという聴き方を取るべきなのかもしれないですね。

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