ブロムシュテット/ゲヴァントハウス管によるブルックナーの交響曲第6番


ブルックナー 交響曲第6番
 ブロムシュテット/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
 クヴェルシュタント 2008年ライヴ VKJK0816
VKJK0816

今月リリースされた、ヘルベルト・ブロムシュテットがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を指揮してのブルックナー・交響曲第6番の新譜で、08年9月のゲヴァントハウス大ホールでのコンサートにおけるライヴ収録です。

ブロムシュテットはブルックナーの6番を、かつてサンフランシスコ交響楽団とデッカにスタジオ録音しています。

POCL-1314
ブルックナー 交響曲第6番
 ブロムシュテット/サンフランシスコ交響楽団
 デッカ 1990年 POCL-1314

この旧録音の演奏は、ブルックナーとしてはやや軽量級な印象もあるのですが、全体にブロムシュテットの職人気質に根ざした堅実にして入念な造型運用をベースとし、その上にサンフランシスコ響のアンサンブルのみずみずしい明彩性が良く発揮された美演で、私はこれを一時期かなり聴き込んだものでした。

今回のドイツの名門ゲヴァントハウス管との新録音では、演奏の印象が旧録音からどう変化しているか、興味をそそられるところです。

さっそく聴いてみると、第1楽章の提示部から、旧録音同様、折り目正しい職人気質的な運用が顕著であり、安心して音楽に浸れる造型の揺るぎない安定感が見事です。

対して、ハーモニー・バランスにおいては旧録音でのみずみずしい明彩性は幾分後退し、代わりに弦合奏のズシリとした響きの手応えが旧録音より相対的に強く、いわばアメリカ的なバランスからドイツ的なバランスへと、かなり顕著にシフトしたような感触があります。

例えば第3主題提示部(4:54)での管群声部のユニゾン・シーンにおいては、サンフランシスコ響との旧盤同様、この新盤においても、トランペット高声部を突出させた局所効果狙いを慎み、高声から低声まで相互に調和し良くブレンドされたユニゾン構造が形成されているのですが、このシーンにおける多声ユニゾンの色彩的な妙感が高感度に活かされているのは、明らかに旧録音の方でしょう。というのも、このゲヴァントハウス管との録音では、その弦楽パートの押しの強さゆえに、管楽器の音響的占有率が相対的に削がれ、その分だけハーモニーの明彩的なパースペクティブにやや後退を来たした感が否めないからです。

これに対し旧録音において難と感じたアンサンブルの軽量感に関しては、全体にグッと向上していて、それゆえに旧録音よりもずっと音楽の深みを感じさせるような局面が少なからず耳を捉えます。展開部後半でのフル・オーケストラによる強奏シーン(9:01)などがそうで、ここは旧録音ではどちらかというと水彩画的な明彩感に基づく音画的な楽しさを印象付けられるところでしたが、この新録音はそういった感覚的な愉悦よりも、もっと実質的な意味での音楽としての訴えかけが素晴らしく、聴いていて「本場のブルックナー」としての醍醐味を堪能させられる感じがします。

第2楽章は旧録音よりもテンポが速めで、そのぶんハーモニーに密度感が増し、ことに弦合奏の表出力という点では旧録音を遙かに凌ぐものを感じます。逆に管楽器の音色の美彩感はやや後退しているとはいえ、ゲヴァントハウス管のアンサンブルにはサンフランシスコ響のそれとはまた違った独特の美しさが顕著で、ブロムシュテットの熟達な指揮のもと、聴いていて味わい深いブルックナーの音楽の世界に吸い込まれるような思いでした。

後半の楽章においても、ブロムシュテットは的確な作品把握から音楽の姿を丁寧に描き出していますが、造型の取り方に関しては、旧録音での多少堅苦しい感じが消え、こなれているというか、作品が完全に自分の手のうちに入ったかのような余裕が感じられ、この辺りもやはり聴いていて惹き込まれるばかりでした。

そこには、ライヴ録りとスタジオ録りの差とか、オーケストラの保持する伝統力の差なども少なからず影響していると思うのですが、何より指揮者自身の表現力における内的な円熟味のようなものが、大きくものを言っているような、そんな気がしました。

以上、このブロムシュテットのブルックナー6番の新譜は、私自身まだ旧録音ほどには聴き込んでいないこともあり、さらに聴き込んでみたいと思っていますが、いずれにしてもサンフランシスコ響との旧録音から18年を経て、ブロムシュテットのブルックナー表現における内面的な深化を強く感じさせる完熟した演奏に仕上げられていて傾聴させられました。

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