アバドの指揮による3つの「ウィーン・モデルン」


「ウィーン・モデルンⅠ・Ⅱ・Ⅲ」
 アバド/ウィーン・フィルほか
 グラモフォン・タワーレコード 1988・91・92年ライヴ PROC-1024/5
PROC-1024-5

先月に復刻リリースされたクラウディオ・アバド指揮による現代音楽作品集で、現代音楽祭「ウィーン・モデルン」の第1回、第4回、第5回におけるコンサートでの演奏がCD2枚組にライヴ収録されています。これはかつてグラモフォンから「ウィーン・モデルン」のⅠ~Ⅲとしてそれぞれ個別に出ていたアルバムを集成したものです。

収録曲は以下の通りです。
①リーム 出発
②リゲティ アトモスフェール
③リゲティ ロンターノ
④ノーノ 愛の歌
⑤ブーレーズ ノタシオンI~IV
⑥ノーノ 進むべき道はない、だが進まなければいけない
⑦クルターク サミュエル・ベケット -ことばとは何
⑧フラー 熱の顔
⑨リーム 像はなく/道はなく
⑩ダラピッコラ 夜の小さな音楽
⑪クセナキス ピアノ協奏曲第3番「ケクロプス」
⑫ペレッツァーニ 魂の春
⑬ヘンツェ 歌劇「孤独大通り」より間奏曲集
⑭ヘンツェ 歌劇「バッカスの巫女」より狂乱の狩

このうち①~⑤が第1回ウィーン・モデルン(1988年)でのライヴで、オーケストラはウィーン・フィル、⑥~⑨が第4回ウィーン・モデルン(1991年)でのライヴで、オーケストラはアンサンブル・アントン・ヴェーベルン、⑩~⑭が第5回ウィーン・モデルン(1992年)でのライヴで、オーケストラはグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団です。コンサートホールは第1回と第4回がムジークフェラインザールで、第5回がコンツェルトハウスとなっています。なお、アンサンブル・アントン・ヴェーベルンはグスタフ・マーラー・ユーゲント管のメンバーによる現代音楽用の別動部隊です。

このシリーズはいずれも未聴でしたので、この機会に購入し、ひと通りじっくりと聴いてみたのですが、演奏内容が予想以上に良くて、ちょっとビックリしました。

①のリームから素晴らしく、(3:11)あたりや(5:39)あたりなど、あの優雅なウィーン・フィルが、こんな断末魔的な叫びを、というくらいの凄さです。②③のリゲティといい、⑤のブーレーズといい、聴いていて惚れぼれするくらいですが、しかしアバドはこれを、何故ベートーヴェンではできないのか、それが不思議です。音楽として言いたいことはベートーヴェンと何ら変わらないと思うんですが、、、。ノタシオンの第2番や第4番の壮絶なこと!

ウィーン・モデルンⅡに入ると、オーケストラがウィーン・フィルからアンサンブル・アントン・ヴェーベルンに変わって、響きがよりシックな色調となり、ソノリティの硬質感も一段強くなる感じがあり、⑨など、同じリームでも①より迫力的には落ちる代わりに、室内楽的な精緻感が見事です。

ここで私が最も興味深く聴いたのは⑦のクルタークで、その聾唖者の奇声を模したような、奇怪にして幽玄な、独特を極めた音彩が支配する幻想的な音響展開においては、聴いていて神経が麻痺するような、異様な感覚に襲われるほどでした。ここではアネット・ザイーレ(ソプラノ)の歌唱の凄味が強烈を極めています。⑥のノーノも演奏としてはいいのですが、(9:57)あたりから断続的に客席のひそひそ声が入るのがちょっと玉にキズですね。

最後のウィーン・モデルンⅢですが、ここではホールがムジークフェラインザールからコンツェルトハウスに移ったため、残響感が抑えられて、耳当たりの厳しさにさらに拍車がかかった感じです。ここでは⑩のダラピッコラといい、あるいは新ウィーン楽派(特にアルバン・ベルク)の残照が色濃い⑬と⑭のヘンツェといい、全体にウィーン・モデルンⅠとⅡよりも「聴きやすい」作品を集めているなという気がします。

そんな中でひときわ異彩を放っているのが⑪のクセナキス・ピアノ協奏曲第3番「ケクロプス」。いきなり冒頭のトッティから、この世のすべてを吹き飛ばすかのような激烈な音響が炸裂する、まさに1秒聴いただけでクセナキスの作だと判る音楽。聴き進むほどに音楽の緊迫感が加速度的に増幅していく、恐ろしい音楽。演奏も素晴らしくて聴いていてゾクゾクするほどですが、それにしてもアバドはこれを、何故ベートーヴェンではできないのでしょうね。不思議です。

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