パーヴォ・ヤルヴィ/シンシナティ響によるショスタコーヴィチの交響曲第10番


ショスタコーヴィチ 交響曲第10番&トルミス 序曲第2番
 P.ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団
 テラーク 2008年 CD80702
CD80702

レコーディングにおいて現在最も精力的な活動を続けている指揮者のひとり、パーヴォ・ヤルヴィが手兵シンシナティ響と録音したショスタコーヴィチの10番がリリースされました。カップリングには現代エストニアの作曲家ヴェリヨ・トルミスの序曲第2番が収録されています。

聴いてみると、ショスタコーヴィチの第1楽章は冒頭の低音弦から音量をかなり抑えた静謐なメロディの流れが形成されていますが、これはスコアのpというよりむしろppに近いフィーリングで、シンシナティ響の持ち味たるダイナミック・レンジの広さを印象づけられます。

続く(2:51)からのクラリネット・ソロはヴィブラートを抑えての冴えざえとした感触で、その後の主題起伏でも、怜悧なフレージング展開のアンサンブルが、恐るべき明晰さをもって強奏部を形成している点に驚嘆させられます。そうかと思うと(7:09)からの第2テーマのフルート・ソロはヴィブラートたっぷりで、先刻のクラリネットとは真逆な感触、このあたりのメリハリの利いた表情付けも印象的です。

シンシナティ響のアンサンブル能力も素晴らしく、例えば(12:03)からの金管のアーチ形成の立派なこと、まるでシカゴ響の如しで、他のパートも含めて技巧的な切れと安定感に関しては聴いていて端的に魅了させられるほどです。

以上のように、この演奏は表面的には現代オーケストラの最高のパフォーマンスのひとつではないかと思われるほどに立派で、かつ音質も優秀なのですが、演奏内容それ自体としては、正直いまひとつ訴えてくる力に不足するような印象が否めませんでした。

特に物足りないと感じたのが、楽章後半の強奏起伏における壮絶度で、ここは本当に凄い演奏だと、聴いていて言い知れぬ恐怖というか戦慄的なインパクトを存分に感得させられるのに対し、このヤルヴィの演奏だと、確かにエネルギーに満ちた管弦楽のダイナミズムには強く圧倒させられるとはいえ、それを突き抜けた破滅的な色合いに乏しく、この作品に内在する狂気の気配、あるいは聴いていて奈落に引きずり込まれるような感覚、そういう雰囲気があまり伺われないように思えるからです。

あくまで私の印象ですが、ヤルヴィのアプローチが純音楽的に練られ過ぎてかえってこの曲の獰猛な肌ざわりが洗い流されてしまったような感があるのと、全体的にシンシナティ響のアンサンブルの機能主義的な側面を強く押し出し過ぎて逆に表情の強さに味気なさを来たしたような感があり、もっと端的に言うなら、作品の内部に対する踏み込みがいささか甘かったのではないかというのが率直な感想です。

第2楽章以降においても、確かに強奏部におけるアンサンブルの馬力、弱奏部における細やかな音彩のたゆたい、いずれも表現自体としては傾聴させられるものですが、それが狂気的な領域にまで昇華されないのが聴いていて歯がゆく、それもヤルヴィの実力をもってすればおそらく可能ではないかと思われるだけに、尚更そういう思いが強まります。

トルミスの序曲第2番はショスタコーヴィチのシンフォニーのアレグロ楽章と類似する雰囲気をもった作品です。ここでのヤルヴィ/シンシナティ響の演奏はショスタコの10番以上にアンサンブルを強力に鳴らして圧倒されるほどですが、こちらは作品自体の訴求力に限界が感じられ、アンサンブルの最高ともいうべきパフォーマンス・レベルにしては心に喰い込んでくるようなインパクトがそれほど振るわない、そんな感じがします。

以上、このヤルヴィ/シンシナティ響の新譜は、私としてはいまひとつ食い足りない思いが残るものでしたが、それはあくまでショスタコーヴィチの音楽の特異性に起因するものと思われ、演奏自体は傾聴すべき内容であり、少なくとも現代オーケストラの可能な最高のパフォーマンスのひとつではないかという印象は聴いていて強く感じさせる演奏でした。

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