ハイドシェックによるシューマン「子供の情景」&ドビュッシー「子供の領分」他


シューマン「子供の情景」&ドビュッシー「子供の領分」&サティ「3つのジムノペディ」&クープラン「フランス人気質またはドミノ」&ラヴェル「マ・メール・ロワ」四手版
 ハイドシェック(pf)
 キングインターナショナル 2008年 KDC20
KDC20
エリック・ハイドシェックの新譜で、5曲ともこの演奏がハイドシェックの初録音とのことです。

ハイドシェックというと、私としては昨年の6月にサントリーホールで聴いたオール・ベートーヴェンのリサイタルでの印象が記憶に新しいところです。そこでのハイドシェックのピアニズムは、事前の期待を良い意味で裏切るもので、往年よりも明らかに表情が丸くなっている印象があるものの、かつてとは別の意味での円熟した深みが付随しているような感じを受けました。

それに対して今回の新譜は、いずれもそのリサイタルとほぼ同時期の、昨年6月の11日から13日にかけて東京のスタジオで収録されています。そうすると、その演奏においてもおそらく実演時のイメージがオーヴァーラップするであろうと予想し、聴いてみたところ、やはり予想通りという感じでした。

まず最初のシューマン「子供の情景」ですが、この演奏を聴いて頭に浮かんだのは、かつてこの曲に関してシューマンがクララに当てた手紙の中で「名ピアニストであることは忘れて」弾いて欲しいと書いた言葉で、このハイドシェックの演奏はまさにそういう感じがします。例えば4曲めの「鬼ごっこ」などは、かつてのハイドシェックなら、冒頭の音符に与えられているsfp指定を大胆に強調したメリハリの強い弾き方をしたように思われるところ、この演奏では、そういう演奏効果を敢えて狙わないような、自然体というか、肩の力の抜けたような、気さくなニュアンスの醸し出された温か味のある演奏が披歴されています。「トロイメライ」の夢想味の素晴らしさなどを始め、その澄み切った音彩には聴いていて感じ入るものがあります。

それはドビュッシーやサティ、クープランなども同様で、往年の奔烈性は影を潜めるかわりに、一音一音の音立ちの美しさ、音色の濃さ、訴えかけの強さという点において格段に深みが増した円熟のピアニズム。これはサントリーでの実演で感じた印象とおおむね同じです。

例えばクープランの組曲の最終曲「狂乱または絶望」など、かつてのハイドシェックからすると考えにくいほどに押さえの利いた淡々とした表現でありながら、むしろそこには内面的な迫力というか深みが立ち込め、それはかつてのハイドシェックのとんがったアプローチから生み出される迫力とは明らかに異質のものと感じます。

ラヴェルのマ・メール・ロワ四手版はハイドシェック夫人ターニャとの連弾形式で収録されていますが、全体に夢見心地な気配をまとわせつつ霊感豊かに音楽を刻んだ美演で、この作品のロマンティックな美感が惹き立っていることこの上なく、余韻が素晴らしいですね。

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