フルトヴェングラー/ウィーン・フィルの51年ザルツブルグ・ライヴの「第9」


ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱」
 フルトヴェングラー/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 オルフェオ 1951年ライヴ C533001B
C533001B
このCDは新譜というわけではなく、もうかれこれ9年ほど前に購入したものです。1951年8月31日のザルツブルグでの「第9」のライヴで、「バイロイトの第9」から約1ヶ月後の時期における演奏となります。

1月6日付の本ブログの感想記で、フルトヴェングラーの「ニコライの第9」デルタ・クラシックス盤の音質の良さと演奏内容の素晴らしさに強い感銘を与えられたことを書きましたが、それに当てられるような形で、同じウィーン・フィルとの「第9」ライヴである、この51年ザルツブルグ・ライヴの演奏の方も聴き返してみたくなり、久しぶりに聴いてみました。

このウィーン・フィルとの51年ザルツブルグ・ライヴの「第9」は、「バイロイトの第9」と収録時期が接近していることもあり、バイロイト盤での極限的な表出力の発露がかなりの程度まで継承されたような、フルトヴェングラーの「第9」中屈指の名演として知られているものです。

今回あらためて聴いた限りでも、少なくとも演奏内容に関してのそういう印象は揺るぎませんでしたが、むしろ気になったのが音質です。

このオルフェオ盤の音質は、「ニコライの第9」のデルタ盤の音質に対して明らかに聴き劣る感じがします。それはこのオルフェオ盤とデルタ盤とを聴き比べてみれば明瞭で、デルタ盤での解像度の比較的高いクリアーな音像感に比して、このオルフェオ盤は全体に霞みがかったようなモコモコ感が強く、ソノリティもエコーがかったようなモヤモヤした感触が先立ち、どうもパリッとしません。

もちろん同じウィーン・フィルとの演奏とはいえ「ニコライの第9」とは音源自体が違う以上、単純比較は無意味ですが、しかし少なくともデルタ盤での音質を耳にした後でこれを聴くと、どうも引っ掛かる感じがします。

ちなみにこのオルフェオ盤のリマスタリングエンジニアとして記されているのはアイヒンガー&クラウスですが、このコンビのリマスタリングによる音質はパッとしないものが少なくありません。リマスタリングの方向性として、表面的な聴きやすさを志向するあまり、原音の雰囲気感とか臨場感を必要以上に削いでしまう傾向があるからです。

そういうこともあり、この51年ザルツブルグの「第9」も、どうも音質改善の余地がかなりありそうな気がするんですが、、、そうだとすると、演奏自体が圧巻なだけにちょっと勿体ない気がします。

おもに音質のことばかり書きましたが、演奏内容にも簡単に触れると、表現の根底にあるのは極限に張り付いたようなフルトヴェングラーの主観的表出力の発露で、その点ではバイロイト、そして翌年のニコライの両「第9」ライヴに通底するものですが、その主観的表出力の発露の度合いがバイロイトよりはいくぶん抑制され、客観的な方向にわずかにシフトしたような様式性が感じられます。

ただそれは「ニコライの第9」のように最晩年の様式に属するような特徴というのではなく、むしろフルトヴェングラーの意図というよりオーケストラの性質に起因するもののようにも思われます。つまり、フルトヴェングラーとしてはおそらくバイロイトのライヴとほぼ同じ主観的表現様式での演奏を意図していたところ、それがウィーン・フィルというバイロイト管よりも遙かに洗練されたアンサンブルを媒介して音響化されたことにより、バイロイトよりはいくぶん理性的・客観的な様式での「第9」が立ち現われたというような感じでしょうか。

いずれにしてもこの51年ザルツブルグの「第9」もまたバイロイト、ニコライの両「第9」とともにフルトヴェングラーの真骨頂の聴ける貴重な録音ですので、可能であるなら出来得る限りの音質改善を望みたいところです。

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