ロジェストヴェンスキー/読売日響のチャイコフスキー演奏会(10/6 東京芸術劇場コンサートホール)の感想



読響の名誉指揮者ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー(今年81歳。壮健。あと10年くらいは余裕で指揮できそう)によるオール・チャイコフスキー・プログラム。

前半はロシアのピアニスト、ヴィクトリア・ポストニコワをソロに迎えてのピアノ協奏曲第1番。ポストニコワといえばエラートに録音したチャイコフスキーのピアノ作品全集など、主にロシア音楽の演奏に定評があり、特にチャイコフスキーのエキスパートというイメージがある。1969年にロジェストヴェンスキーと結婚して以来、今回の演奏会のように夫婦で共演する機会も数多いのだとか。

そのポストニコワの実演を聴くのは今回が初めてだったが、ことテクニックに関しては、所々ミスタッチも聴かれたし、正直それほど腕の立つピアニストという印象は受けなかったものの、全体的に落ち着いたテンポをベースに、腰の据わった打鍵からドッシリと重厚感のあるタッチがコンスタントに繰り出され、実に濃厚な聴き応えのチャイコフスキーが披歴された。いわばロシアン・ピアニズムの王道という風格に満ちた演奏だった。

チャイコの1番の実演というと今年のLFJで聴いたイム・ドンヒョクのピアノが記憶に新しいが、ポストニコワのピアニズムはちょうどドンヒョクと対照的という感じがした。揺るぎないテクニックを武器に流暢なタッチから明解で淀みなく音楽を運んだドンヒョクのピアニズムは確かに見事だったが、いかんせん重厚味に欠けていた。その点でポストニコワのピアニズムは実直に素晴らしく、今年の春にN響定期で聴いたマツーエフ以来、久々に本場のチャイコフスキーを耳にしたという感懐が湧いた。

後半は交響曲第4番。ロジェストヴェンスキーは冒頭のファンファーレから容赦なく金管をバンバン鳴らし、以降もオーケストラの鳴りっぷりが抜群で聴いていて惚れぼれするほどだった。

今年の読響はカンブルラン、カリニャーニ、下野竜也、スクロヴァチェフスキと聴いてきたが、ことオケの鳴りっぷりに良さに関しては文句なく今回が一頭地を抜いていた。むろん大音量とはいえアンサンブルが野放図に鳴らされているわけではなく、ハーモニーのバランスはしっかりと最後まで秩序だっていたし、テンポ面でも第1楽章やや速め、第2楽章は普通、第3楽章やや遅め、終楽章は遅めというように独自のメリハリを与え、メロディを歌うところはじっくりと歌い、クライマックスでは大胆なテヌートを仕掛けて大いに盛り上げるなど、ロジェストヴェンスキーは手練手管を尽くしたアプローチを披歴し、すこぶる豪快にして濃厚な味わいのチャイコフスキーが展開された。

したがって聴き応えは抜群だったし、聴いていて爽快無比な気分にも浸ったが、こと感動の度合いということになると、同じオケで先週聴いたスクロヴァチェフスキのベートーヴェンには遠く及ばないというのが正直なところだった。それは演奏の行き方がどうこうというのでなく純粋に曲自体の性質の違いからくる感想にほかならないし、実際ロジェストヴェンスキーの指揮は堂に入っていて素晴らしいものだったが、その解釈が徹底されていたがゆえ、双方の作品自体のキャパシティの差もまざまざと浮き彫りにされたような気がしてしまったというべきか。

オーケストラ編成に関しては少々腑に落ちなかった。16型なのにチェロ奏者が8人というイレギュラーなバランスだったからで、ふつう16型ならチェロ10人にコンバス8人というのが相場のところ、ここでは16-14-12-8-7という編成が採られていたのだが、これは本当にロジェストヴェンスキーの方針だったのだろうか。チャイコフスキーの後期のシンフォニーで低弦を厚くするならまだしも逆に薄くするというのは、どうなんだろうと思ったし、なにしろ金管パートがバンバン鳴っているのに低弦が薄いので局面によってはハーモニーの腰が軽いような印象を受けなくもなかった。

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