読売日響の演奏会(7/21 東京オペラシティ・コンサートホール)の感想


①ドビュッシー 小組曲

元来はドビュッシーがピアノ連弾曲として作曲した作品だったが、後年ドビュッシーの友人アンリ・ビュッセルが管弦楽用に編曲し、こちらの方が今ではポピュラーとなっている。その原曲のピアノ連弾曲に関しては、最近入手したパスカル・ロジェの演奏によるCDで聴いたばかりだったが、こうして管弦楽版と聴き比べてみると、成程こちらの方が格段に聴き映えはする反面、原曲の持つ清楚なロマンティズムの味わいはかなり後退していて、やや通俗性の色が濃くなっているようにも思えた。

カリニャーニはアンサンブルを過不足なく取りまとめ、ややこじんまりとした演奏だったが、細部まで丁寧に音楽を織り上げていた。また作品の性質を考慮したのか、このドビュッシーのみ指揮棒を持たない空手のスタイルだった。

②サン=サーンス ハバネラ、序奏とロンド・カプリチオーソ

ヴァイオリニストは南紫音。2005年ロン=ティボー国際音楽コンクール第2位の実力派ヴァイオリニスト。さすがにボウイングの確かなテクニックは見事なものだったし、両曲ともに柔らかい肌ざわりのフレージングからサン=サーンス特有のメロディーの魅惑を存分に歌いあげ、聴いていて心地よい陶酔に誘われた。

少し気になったのが全体的にフレージングの線が細い点で、御本人の体型と同じく相当にスリムな響きに終始したが、局面によっては音の濃さを聴き手に強く印象づけたほうが曲想がより映えるようにも感じられた。ただ、ヴァイオリンの鳴り自体は決して悪くないのにフレーズの線が細いということは、おそらく確信的にそういう方向性で弾いているのだろう、という気もした。

③サン=サーンス 交響曲第3番「オルガン付き」 

カリニャーニは全体的に速めのテンポを基調としながら彫りの深い響きをアンサンブルから抽出しつつ作品本来の具有する強弱の壮大な音響レンジを浮き彫りにするという行き方であり、ことにフォルテッシモでのアンサンブルの燃焼力には目覚ましいものがあり、オーケストラを鼓舞して豪快な鳴りっぷりの大音響にまで持って行きながらも響きを飽和させず、常にハーモニーの輪郭をぼかさずに音楽の堂々たる威容を聴き手にまざまざと印象づける手腕には聴いていて感服する思いだったし、終楽章のコーダで披歴されたアンサンブルの猛加速など煽るところはきっちりと煽り、オペラティックともいうべき盛り上がりが形成されていた。こういった表現であるがゆえに聴き終えたあとの爽快感は格別なものだった。

このようなカリニャーニのドラマティックな指揮ぶりは確かにこの交響曲のスペクタクルな音響の醍醐味を味わうという面では十二分であった反面いささか外面的で一面的な表現とも取れなくもなく、サン=サーンスの音楽の持つ内省的な思索や内面的な美しさという方面に関しては何かしら味気なく、聴き終えたあとも上記のようにすこぶる爽快な気分に満たされつつ、こうも一面的なアプローチで本当に良かったのかしら的な漠然としたクエスチョンも脳裏によぎったというのが正直なところだった。

サン=サーンスのオルガン付きに関しては、以前にフランス国立放送フィルの来日公演で聴いたときも今回と同じような爽快感と同時に漠然とした疑念を抱いてホールを後にしたことを覚えているが、もしかしたら自分のなかに、この交響曲に対して過剰な期待感を抱いているところがあるのかもしれない。この交響曲は本当はもっともっと底の深い音楽ではないかという思いこみを抱いているから演奏を素直に享受できないのかもしれない。そんなことを聴き終えて思った。終演後の客席の反応は上々だった。

読響のコンサートにしては珍しくアンコールが。曲目は当然フランス系かと思いきやプッチーニのマノン・レスコー間奏曲が始まった。そういえばカリニャーニは先週、上野で二期会のカヴァレリア・ルスティカーナとパリアッチを指揮し、絶賛を博していたのだった。

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