ハーディング/新日本フィルの演奏会(7/7 すみだトリフォニーホール)の感想


①シューベルト 交響曲第8番「未完成」

そういえば昨年サントリーホールで聴いたインバル/都響の「英雄の生涯」の時も前半がシューベルトの交響曲(第5番)だったが、、、シューベルトと「英雄の生涯」は相性がいい、、のか?

ハーディングは沈着なスタンスから丁寧にアンサンブルを紡ぎ、ふっくらと柔らかい音を印象づける美しいシューベルトを表現。14型の規模にしては今一つ鳴りが弱く、前記インバル/都響の12型のシューベルトよりも弱いくらいだったが、そのぶんタイトに引き締まった響きの緊密な組み上げが素晴らしく、第1ヴァイオリンとチェロを隣接させる配置パターンも上声と下声の一体感を強めるのに貢献していたようであり、音楽の揺るぎない構築感と音響的な洗練味が出色だったし、聴いている時は多少迫力不足かとも思えたものの、聴き終えてみると意外に余韻の深い演奏だった。

②R.シュトラウス 交響詩「英雄の生涯」

この曲はハーディングのお気に入りの作品なのだとか。ハーディング/新日本フィルのリヒャルト作品の実演は3年前に「死と変容」をサントリーホールで聴いたことがあったが、この時は正直さほど強い感銘は受けなかったので(後半のベートーヴェンの「エロイカ」は素晴らしかったが)、今回も半信半疑だったが、フタを開けてみれば感銘の度合いは今回の方が格段に上だった。

一応プログラムに掲載の予定タイムには約40分とあったが、実際は50分オーバーと平均より少し長めのタイムだった。これは主として例の愛人と英雄との会話のシーンでハーディングが遅めのテンポを維持し、徹底的にメロディを歌うことに拘ったことによるが、それは濃密に旋律線を浮き上がらせるというよりは、むしろメロディの心地よい流れを重視し旋律の清らかな美感を聴き手に意識させるという行き方だったので、そこには濃厚な人間ドラマというよりもむしろ純粋な音楽の抽象美とも形容すべき興趣が充溢していたし、他の段においてもハーディングは過分に響きの構えを広げず、贅肉感の少ない、いわば筋肉質の音響構成に徹していたので、16型の分厚いアンサンブルにしては意外なくらいの透明感を引き出すことにも成功し、この作品は実のところ室内楽と紙一重なんだなと思わせるシーンも多かった。そのあたりが聴いていて素直に新鮮だったし、あらためて本作品の魅力的な旋律の多彩さに気付かされる思いだった。

のではあるが、このハーディングの「英雄の生涯」には、ある種のメリハリがいまひとつ欠けていたようにも思えた。例えば昨年のインバル/都響の「英雄の生涯」では細大漏らさぬ緻密なアンサンブル処理から繰り出される覚醒的な音響の緊迫感が素晴らしく、ここぞというクライマックスではアクセルを思い切りよく踏み込み熾烈な音響の充溢を躊躇しないという強メリハリ型の表現スタイルであったがゆえに、このリヒャルトの交響詩に潜在するところの猛々しい感情の奔流が強度のリアリズムを帯びて聴き手に迫ってくるような演奏にまで昇華されていたように思われた。そういったあたりが今回のハーディングの演奏ではおしなべて大人しく、確かに純音楽的に練り切られていたが、こと音楽のどぎつい表情の浮き出しという側面に関しては総じて抑制が掛かっていた。

無論これは解釈の方向性の違いであり優劣の問題ではないが、あくまで個人的な印象としては今回のハーディングよりも昨年のインバルの方が幾分か面白く聴けた。しかし人によってはハーディングの「英雄の生涯」の方の演奏を音楽的に上質の表現と捉えて強く惹かれても全く不思議でないし、あるいはそういう聴き手の方が多いのかも知れない。終演後の客席は大いに沸いていた。おそらく来年のアルミンク退任後はハーディングが同フィルの中核的な存在となるのだろうし、今日と同じくらい水準の高い演奏を耳にする機会も増えそうだ。

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