チョン・ミュンフン/サンタ・チェチーリア国立音楽院管弦楽団によるフォーレとデュリュフレのレクイエム


フォーレ レクイエム
&デュリュフレ レクイエム
 チョン・ミュンフン/サンタチェチーリア国立音楽院管弦楽団 
 グラモフォン 1998年 459365-2
459365-2

チョン・ミュンフン指揮サンタ・チェチーリア国立音楽院管弦楽団の演奏によるフォーレとデュリュフレのレクイエム。独グラモフォンより以前リリースのCD。1998年ローマでのセッション録音。歌手はブリン・ターフェル(バリトン)とチェチーリア・バルトリ(メゾ・ソプラノ)。

今月N響の定期公演で聴いたデュリュフレのレクイエムがとても良かったので久々にCDを求めたくなった。本場フランスのオケの録音にしようかとも思ったものの、結局ターフェル&バルトリという強力歌唱陣を擁するミュンフンのCDを入手した。

東京交響楽団の演奏会(5/26 サントリーホール)の感想


①モーツァルト 交響曲第35番「ハフナー」

聴いていて改めて思ったのは、ユベール・スダーンがザルツブルグのモーツァルテウム管弦楽団の音楽監督を長年務めてきた経歴の持ち主である、ということだった。隙のないカッチリと構築されたモーツァルト。編成はVn-Va対向10型だがチェロが6人とやや低弦重視で、響きのベースラインがガッシリとして揺るがない。その上に造型されるフレージングラインの明晰なフォルム。まさに古典派音楽の均衡。

ふと思い出されたのが、昨年の秋に同じホールで聴いたウィーン・フィルのモーツァルト交響曲第34番。ウィーン・フィルにしてはいささかシックでストイックな響きであり、正直もう少し音が華やかであってもと思ったが、エッシェンバッハは古典派音楽の名品というに相応しいガッチリとした造形感を、すこぶる丹念に構築し、モーツァルト演奏に一家言ある指揮者のこだわりを感じさせた。当夜のスダーンのアプローチも、それと一脈通ずるものがあるように思えた。

②マーラー 交響曲「大地の歌」

管弦楽の面では、スダーンは前半のモーツァルト同様タクトを持たないスタイルからオケを丁寧にコントロールし、マーラー演奏としては自制の効いた表現だったが、ひとつひとつの音を磨きあげ、フレーズのみならず一音一音に至るまで意味を持たせようという指揮者の強い信念のようなものが透けて見える、純音楽的な精神美に富んだ演奏だった。

歌唱の面では両歌手ともに声量がいい意味で抑制されていた。歌唱のラインが管弦楽の響きの中に上手に溶け込んでいるというべきだろうか。正直、最初イシュトヴァーン・コヴァーチハーズィの歌唱を耳にしたときは、単純に声量不足の歌手ではないかと疑った。しかし続くビルギット・レンメルトの歌唱を聴いて考えを改めた。

というのもレンメルトは昨年秋の新国立劇場ドヴォルザーク「ルサルカ」でイェジババ(魔法使い)役を歌ったのを聴いたが、あの時は役柄に相応しい潤沢な声量で朗々と同役を歌いこなしていたからで、そうなると本演奏においては必要以上に声を張り上げず、むしろ歌曲としての細やかな言葉のニュアンス、発声がオケの響きと溶け合った時に放たれる特殊な響きの陰影、そういったものをきちんと表現することを狙いとし、敢えて声量を抑制したのでは、という風に思われたのだった。

そして、そのようにして構成された、いわば管弦楽&歌唱一体的な「大地の歌」は、他の演奏とは一味ちがう独特の深みに満ちていた。例えば、かつて同じホールで耳にしたカンブルラン/読響の「大地の歌」は、全体的にオーケストラの存在感が強いがために歌手の存在感が埋没気味だった。しかし、当夜のスダーン/東響のそれは、抑え気味の声量にもかかわらず歌手の存在感が決して埋没しない。

終楽章において死に対する恐怖とも憧れともつかないアンビバレントな感情を甘やかに歌い上げるレンメルトの歌唱は実に感動的だったが、これは歌手が歌いあげる歌詞の枠に収まり切らない言外の機微を、オーケストラが歌手に寄り添いながら絶妙に表現していたからではなかったか。深い余韻の残るマーラーだった。

巨星墜つ


音楽評論家の吉田秀和氏が22日午後9時、神奈川県鎌倉市内の自宅で急性心不全のため死去されました。

音楽評論家の吉田秀和さん死去(NHK)

享年98歳。謹んで御冥福をお祈りします。

2012-5-27

東京交響楽団の演奏会(5/26 サントリーホール)


東京交響楽団 定期演奏会
5/26 サントリーホール

指揮:ユベール・スダーン

演目:
 モーツァルト 交響曲第35番「ハフナー」
 マーラー 交響曲「大地の歌」
  テノール:イシュトヴァーン・コヴァーチハーズィ
  メゾ・ソプラノ:ビルギット・レンメルト

2012-05-26
開演前の様子

ヤブロンスキーとデュトワ/フィルハーモニア管によるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番


チャイコフスキー ピアノ協奏曲第2番&第3番
 ヤブロンスキー(pf) デュトワ/フィルハーモニア管弦楽団
 デッカ 1994年 448180-2
448180-2

ペーテル・ヤブロンスキーとシャルル・デュトワ指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏によるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番と第3番(第2・第3楽章タネーエフ編曲)。デッカより以前リリースのCD。1994年ロンドンでのセッション録音。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番は今月LFJでベレゾフスキーのピアノ演奏による実演を聴いたが意外に面白かったので、久しぶりにCDを買ってみたくなった。ベレゾフスキーの録音は見当たらなかったので定評のあるヤブロンスキーのCDを入手した。

ダン・タイ・ソンとマクシミウク/シンフォニア・ヴァルゾヴィアによるショパンのピアノ協奏曲第1番&第2番


ショパン ピアノ協奏曲第1番&第2番
 ダン・タイ・ソン(pf) マクシミウク/シンフォニア・ヴァルゾヴィア
 ビクター 1992年 VICC-98
VICC-98

ダン・タイ・ソンのピアノ・ソロとイェジー・マクシミウク指揮シンフォニア・ヴァルゾヴィアの伴奏によるショパンのピアノ協奏曲第1番&第2番。ビクター・エンターテイメントのCD。1992年ワルシャワ、フィルハーモニーホールでのセッション録音。

ダン・タイ・ソンは昨年秋のパリ管の来日公演で初めて聴いたが、流暢な打鍵の運びから繰り出されるピアノの音色の怜悧な美しさ、どのパッセージワークひとつとっても奇麗に粒の揃って美しいピアニッシモの音立ち、フォルテッシモにおいてさえふっくらと柔らかみのあるドリーミーな音色の諧調と、その独特のピアニズムがとても魅力的だった。

クロエ・ハンスリップとブラビンズ/ロイヤル・フランダース・フィルによるヴュータンのヴァイオリン協奏曲第1番&第2番



ヴュータン ヴァイオリン協奏曲第1番・第2番
 ハンスリップ(vn)ブラビンズ/ロイヤルフランダース・フィル
 ハイペリオン 2011年 CDA67878
CDA67878

クロエ・ハンスリップのヴァイオリン・ソロとマーティン・ブラビンズ指揮ロイヤル・フランダース・フィルハーモニー管弦楽団
の伴奏によるヴュータンのヴァイオリン協奏曲第1番&第2番。英ハイペリオンの新譜。2011年7月アントワープ、デ・シンヘルでのセッション録音。

同レーベルが継続している「ロマンティック・ヴァイオリン・コンチェルト」シリーズの最新盤であり、前回リリースのレーガーに引き続き今回も入手した。今回はヴュータンの初期の2作品、作曲家としての出世作とされるヴァイオリン協奏曲第1番と、その第1番よりも実際は先に作曲されているヴァイオリン協奏曲第2番との組み合わせ。またアメリカ民謡「ヤンキードゥードゥル」(むしろ「アルプス一万尺」のメロディと言った方が分かりやすいか)が多用されている「アメリカへの挨拶」も収録されている。

クロエ・ハンスリップはイギリスの若手女流ヴァイオリニストで今回がハイペリオンへの初録音とのこと。ヴュータンのヴァイオリン協奏曲というと全6曲のうち、どういうわけか第4番と第5番の2曲のみが人気が高く(おそらくハイフェッツの録音のせいなのだが)残り4曲はいまひとつ影が薄いという印象があるが、そういうイメージに一石を投じるような演奏を期待したい。

タバシュニク/ブリュッセル・フィルによるドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」


ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」
 タバシュニク/ブリュッセル・フィル
 BPR 2011年 BPR002
BPR002

ミシェル・タバシュニク指揮ブリュッセル・フィルハーモニックの演奏によるドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」とスラヴ舞曲集第1集(全8曲)。ブリュッセル・フィル自主制作レーベルBPRの新譜。2011年7月ブリュッセルでのセッション録音。

ベルギーの中堅オーケストラであるブリュッセル・フィルは昨年に自主制作レーベルを立ち上げ意欲的にCDリリースを行うスタンスを示している。正直これまで聴いたことがなかったが、どのような感じの音のオケか興味を引かれ入手してみた。

このオケは音楽之友社「世界のオーケストラ名鑑」にはベルギー放送交響楽団という名称で掲載されている。1935年の設立時から現代音楽の演奏に積極的であり、ショスタコーヴィチ交響曲第4番の西欧初演を果たす。1978年に一時的に解散し名称もベルギー放送ブリュッセル・フィルとなり、98年にフランドル放送交響楽団と改称、さらに08年にブリュッセル・フィルに再度改称し現在に至るとのこと。

NHK交響楽団の定期公演(5/12 NHKホール)の感想


①オネゲル 交響詩「夏の牧歌」

この曲はプログラム後半にフランス系の大曲が控えているときに前半の演目として配置されることが多い。実演はカンブルラン/読響で聴いて以来ひさしぶりだが、その時は後半が「展覧会の絵」だった。CDだと最近ではユロフスキ/ロンドン・フィルのライヴ録音を聴いたが、これもオネゲルのクリスマス・カンタータの併録。N響らしいソツのない演奏だった。

②ショパン ピアノ協奏曲第2番

ピアニストはギャリック・オールソン。1970年ショパン・コンクールの優勝者だが、実演を聴くのは今回が初めてだ。このピアニストの豊かな年季に裏打ちされた、練り切れたショパンというべきか、軽々と弾いているようで、すべての音符があるべきところに収まっているという感じ。堅実なテクニック、それに終始安定した音楽のフォームが見事で、このショパン若書きの熱っぽい性格の音楽がずいぶん構築的に聴こえて面白かった。

この曲を実演で聴くのは一昨年のブレハッチの来日コンサート以来だが、同じショパン・コンクール優勝ピアニストでもブレハッチとオールソンとでは印象がだいぶ異なった。ブレハッチは強弱の落差の大きなドラマティック・スタイルのピアニズムと感じたものだが、オールソンの演奏からは必要以上に効果を狙わず音楽に自然に語らせるという落ち着いた境地が感じられた。

アンコールが無かったのは残念だった。まだオケの面々が椅子に座っているのに拍手が止んでしまい、お開きになったのだが、あのまま拍手が続いていたら一曲くらい弾いてくれたかもしれない。

③デュリュフレ レクイエム

この曲を実演で聴くのは今回が初めてだった。尾高忠明にとっては特に思い入れのある作品とのことで、かなり気持ちの入った指揮ぶりだったが、この作品本来の持つ浮世離れした音楽の美しさが仮借なくホールに充溢する様相は実に素晴らしいものだった。

指揮者のオーケストラおよび合唱団に対する統制力がすみずみまで行き届いていたことが成功の要因だと感じた。合唱パートを歌ったのは新国立劇場合唱団だったが、尾高忠明は現在N響の正指揮者であると同時に新国立劇場オペラ部門芸術監督のポストにもあるから、全体としては指揮者の思い描く音楽像を感度良く表現することができたのではないかと思われた。

オーケストラ、合唱、いずれも弱音の場面では曖昧さのないキリッとした響きが持続し、聴いていて音響的にモヤモヤした感じがなかったし、フォルテの場面でも力任せにならずに柔らかい響きの調和が保持されたので、この作品の美しいフォルムが最後まで削がれることもなく、聴き終えたときには何とも言えない余韻が残った。

尾高/N響の実演は一年ぶりに聴いたが感動の度合いは今回のほうが大きかった。そういえば尾高忠明は昨年の秋に新国立劇場の「サロメ」を振る予定だったが体調不良で最終的にキャンセルとなっていた。「サロメ」は正直あまり好きなオペラではないが劇場のオペラ部門芸術監督である尾高氏が振るというのでチケットを取っていたので、キャンセルは残念だった。

庄司紗矢香のヴァイオリン演奏によるショスタコーヴィチの協奏曲第1番(LFJ2012公演)


5/4 東京国際フォーラムAホール
LFJ2012 公演215

lfj2012-215

ショスタコーヴィチ ヴァイオリン協奏曲第1番
 庄司紗矢香(ヴァイオリン)
 ドミトリー・リス(指揮)
 ウラル・フィルハーモニー管弦楽団

ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲というとCDで聴く限りオイストラフを筆頭とする旧ソ連系のヴァイオリニストに印象深い演奏が多いが、当夜の庄司紗矢香が披歴した表現は、そういった旧ソ連系の演奏家においてしばしば聴かれる重厚で濃密な表現と比べるとフォームとしてはスマートであり、情緒に訴えるような切り口でもなければ、奇を衒った変則技を仕掛けるでもない誠実なアプローチといえるものだった。

しかし彼女の盤石のテクニックをベースに鋭利に研ぎ澄まされたボウイングから繰り出される峻烈なアーティキュレーションには尋常ならざる凄味が感じられ、このショスタコーヴィチが血を吐くような思いで書いたのではとさえ思える悲痛にして沈思的な音楽が実に雄弁に切々と奏でられた。

ことに第3楽章が圧巻だった。この声なき慟哭ともいうべき楽章に浮遊する寄る辺ない不安感、ひたひたと押し迫る恐怖のニュアンス、そういったものが静まりかえった巨大空間ホールに深々と響きわたる様は聴いていて身ぶるいを禁じえなかったし、終楽章直前のカデンツァの最強奏では彼女の真っ赤なドレスが血の色にすら見えるほどの鬼気迫る弾きぶりであった。

ドミトリー・リス指揮ウラル・フィルも見事だった。ことに指揮者は指揮棒を持たない全身指揮で細やかに音楽の機微を表現していたし、第2楽章中盤のフォルテッシモで凄い形相でオケを猛烈に鳴らして切迫感に満ちた山場を形成していた。終演後にスコアに印刷されていたショスタコーヴィチのポートレートを客席に高々と掲げて拍手に応えていたあたりにも同じ「ドミトリー姓」の作曲家への共感の強さが伺われた。

マリア・ケオハネとリチェルカール・コンソートによる「ボリス・ゴドゥノフ宮廷の音楽」(LFJ2012公演)


5/4 よみうりホール
LFJ2012 公演284

lfj2012-284

「ボリス・ゴドゥノフ宮廷の音楽」
 マリア・ケオハネ(ソプラノ)
 リチェルカール・コンソート

演目はジョン・ダウランド、リチャード・ニコルソン、ウィリアム・バードがそれぞれ2曲ずつにアノニマス(作曲者不明)の世俗歌3曲の計9曲の歌曲と、メルカーのパヴァーヌ「ゴドゥノフ」やダウランドの「デンマーク王のガイヤール」など計8曲の器楽曲。

このコンサートの演目は17世紀初頭ごろのイングランドで流行した世俗歌やポピュラーミュージックで、西暦1600年当時ボリス・ゴドゥノフ統治下のロシアはイングランドと友好関係にあり、イングランドよりボリスの宮廷へと使節団が遣わされ、その際に当時イングランドで流行していた音楽が披露されたという。それを再現してみたというのがコンサートの趣旨。

今年はロシア音楽がテーマなのでLFJ常連の古楽団体リチェルカール・コンソートの出番を作出するための苦肉の策か。そんな御託はさておきマリア・ケオハネとリチェルカール・コンソートの顔合わせといえば2年前のLFJでのヘンデルのアリア・コンサートが思い出される。美しさと透明感とを併せ持った惚れぼれするような声質、音程がブレずポルタメントなしでサッと目的の音程に移行できる卓抜した歌唱力、各アリアの役柄に成り切ったかのような迫真の演技力、いずれも惚れ惚れさせられたので今回もチケットを取った次第。

その卓抜した歌唱力は前回の時と何ら変わるところはなく、素晴らしい歌いぶりだったが、前回のヘンデルと違って今回は軽めの歌曲ということもあり、これらの楽曲の持つ質実で素朴な味わいからは音楽を聴く原初的な快楽というものを改めて思い起こさせられた。本来、肩肘張らずに気楽に耳を傾けるべき性質の音楽なのだし、屋台村でハイネケンでも一杯飲んでから聴いても良かったかもしれない。この直後に庄司紗矢香のショスタコーヴィチが控えていたので、そうもいかなかったが。

リチェルカール・コンソートを聴くのは3年前のLFJでのバッハ・ト短調ミサも含めて今回が3回目。あいかわらず練達のアンサンブル展開に酔いしれた。

NHK交響楽団・定期公演(5/12 NHKホール)


NHK交響楽団 定期公演
5/12 NHKホール

指揮:尾高忠明

演目:
 オネゲル 交響詩「夏の牧歌」
 ショパン ピアノ協奏曲第2番
  (ピアノ:ギャリック・オールソン)
 デュリュフレ レクイエム

2012-5-12
開演前の様子

ベレゾフスキーのピアノ演奏によるチャイコフスキーの協奏曲第2番(LFJ2012公演)


5/3 東京国際フォーラムAホール
LFJ2012 公演116

lfj2012-116

グリンカ 「ルスランとリュドミラ」序曲
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第2番
 ボリス・ベレゾフスキー(ピアノ)
 ジャン=ジャック・カントロフ(指揮)
 シンフォニア・ヴァルソヴィア

チャイコのピアノ協奏曲第2番を実演で聴くのは今回が初めて。この曲はCDで聴いても一度も面白いと思ったことがないが、当夜のベレゾフスキーの演奏は素晴らしく、この曲を初めて楽しめたように感じた。

例えば第1楽章再現部の直前あたりのピアノ・ソロの大きな見せ場など、ここぞという時に披歴されるベレゾフスキーのピアニズムの迫力と切れ味たるやハンパでなく、なるほどチャイコフスキー国際コンクール優勝ピアニストの弾くチャイコフスキーとはこれほどのものかと聴いていて納得させられてしまう絶大な訴求力を帯びた演奏だったし、このベレゾフスキー絶好調のピアニズムゆえか作品自体の印象もグッと強く、活き活きと引き立って感じられた。

それに第2楽章のインティメートな音楽はCDよりも実演で聴く方がずっと分かりやすい。この楽章はピアノだけでなくヴァイオリンとチェロもソロで立ち回るように書かれているが、それを強調するように、第1楽章終了後に通常配置のオーケストラのチェロ・トップ奏者が、第2ヴァイオリンのトップ奏者の席へ移動、これに押し出される形で第2ヴァイオリンのトップの人がパート最後尾へと押しやられるというひとコマがあった。

イム・ドンヒョクのピアノ演奏によるチャイコフスキーの協奏曲第1番(LFJ2012公演)


5/3 東京国際フォーラムAホール
LFJ2012 公演115

lfj2012-115

ショスタコーヴィチ バレエ組曲第1番
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番
 イム・ドンヒョク (ピアノ)
 フェイサル・カルイ(指揮)
 ベアルン地方ポー管弦楽団

この2曲で45分枠はちょっと無理で、ピアニストのアンコール曲(チャイコフスキー「四季」より「6月」)も含めて1時間オーバー。本来はブリジット・エンゲラーが出演予定だったが公演の2日前にキャンセルが発表され、韓国の若手ピアニストであるイム・ドンヒョクが代役登板となった。

イム・ドンヒョクは2001年ロン=ティボー国際コンクール優勝、2005年ショパン国際コンクール3位という輝かしい経歴の持ち主、EMIからCDリリースも行っている。さすがに演奏は立派だった。ことに打鍵の切れ味は素晴らしいの一言で、難解なパッセージを楽々と弾きこなしつつ流暢なタッチから明解で淀みなく音楽を運んでいく様には一流ピアニストの演奏ならではの貫禄が溢れていた。

とはいえ、もともとはエンゲラーの弾くチャイコフスキーが聴きたくてチケットを買ったわけなので、そのあたりのガッカリ感は正直あったし、このチャイコの1番は3ヶ月前にマツーエフの超弩級の実演に接した印象が生々しく、その破格の演奏ぶりと比べてしまうとドンヒョクのピアニズムといえども、いささか分が悪い印象も否めない。

ベアルン地方ポー管弦楽団は20年の歴史を持つフランスのオーケストラとのこと。全体的にはさほど音に冴えを感じなかったがショスタコーヴィチのバレエ組曲では時折ふと柔らかくエレガントな色彩美を醸し出していた。

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012(5/4)


5/4 東京国際フォーラム
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012

2012-5-4a

・公演284(よみうりホール):
「ボリス・ゴドゥノフ宮廷の音楽」
 マリア・ケオハネ(ソプラノ)
 リチェルカール・コンソート
 2012-5-4b


・公演215(Aホール):
ショスタコーヴィチ ヴァイオリン協奏曲第1番
 庄司紗矢香(ヴァイオリン)
 ドミトリー・リス(指揮)
 ウラル・フィルハーモニー管弦楽団
 2012-5-4c

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012(5/3)


5/3 東京国際フォーラム
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012

2012-5-3a

・公演115(Aホール):
ショスタコーヴィチ バレエ組曲第1番
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番
 イム・ドンヒョク (ピアノ)
 フェイサル・カルイ(指揮)
 ベアルン地方ポー管弦楽団
 2012-5-3b


・公演116(Aホール):
グリンカ 「ルスランとリュドミラ」序曲
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第2番
 ボリス・ベレゾフスキー(ピアノ)
 ジャン=ジャック・カントロフ(指揮)
 シンフォニア・ヴァルソヴィア
 2012-5-3c

(雑談)カシオ電子辞書エクスワード搭載の「クラシック名曲1000フレーズ」(4)


EX-word-c

キリがないので今回が最後。残る有名どころを適当に拾ってみたい。

まずはヴィヴァルディ。

ヴァイオリン協奏曲「春」第1楽章
ヴァイオリン協奏曲「春」第2楽章
ヴァイオリン協奏曲「春」第3楽章
ヴァイオリン協奏曲「夏」第1楽章
ヴァイオリン協奏曲「夏」第2楽章
ヴァイオリン協奏曲「夏」第3楽章
ヴァイオリン協奏曲「秋」第1楽章
ヴァイオリン協奏曲「秋」第2楽章
ヴァイオリン協奏曲「秋」第3楽章
ヴァイオリン協奏曲「冬」第1楽章
ヴァイオリン協奏曲「冬」第2楽章
ヴァイオリン協奏曲「冬」第3楽章
フルート協奏曲第1番「海の嵐」第1楽章
ピッコロ協奏曲ハ長調 第2楽章
オーボエ協奏曲ニ短調 第2楽章
ファゴット協奏曲ホ短調 第3楽章

以上、計16フレーズ。調和の霊感から一曲くらい欲しかったか?

ラヴェルは以下の11フレーズ。

ボレロ
「ダフニスとクロエ」第2組曲 夜明け
亡き王女のためのパヴァーヌ
マ・メール・ロア 眠りの森の美女のパヴァーヌ
マ・メール・ロア おやゆび小僧
マ・メール・ロア パゴダの女王レデロネット
マ・メール・ロア 美女と野獣の対話
マ・メール・ロア 妖精の園
ツィガーヌ
夜のガスパール オンディーヌ
クープランの墓 トッカータ

シベリウスは以下の7フレーズ。

交響曲第2番 第1楽章
交響曲第2番 第4楽章
カレリア組曲 行進曲風に
フィンランディア
悲しきワルツ
ヴァイオリン協奏曲 第1楽章
ヴァイオリン協奏曲 第3楽章

プロコフィエフは以下の5フレーズ。

交響曲第1番「古典」第1楽章
組曲「3つのオレンジへの恋」行進曲
組曲「キージェ中尉」トロイカ
シンデレラ組曲第1番 シンデレラのワルツ
バレエ「ロメオとジュリエット」モンタギュ家とキャピュレット家

スメタナは以下の3フレーズ。

歌劇「売られた花嫁」序曲
連作交響詩「わが祖国」モルダウ
弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」第1楽章

バルトークは以下の3フレーズ。

弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 第3楽章
管弦楽のための協奏曲 第2楽章
管弦楽のための協奏曲 第5楽章

フランクは以下の4フレーズ。

交響曲 第1楽章
交響曲 第3楽章
ヴァイオリン・ソナタ 第1楽章
ヴァイオリン・ソナタ 第4楽章

ショパンは計48フレーズ。小品が多い。

シューベルトも計48フレーズ。歌曲が多い。

チャイコフスキーは計60フレーズ。3大バレエがかなりの割合を占めている。

ドヴォルザークは計21フレーズ。意外に少ない、、

ドビュッシーは計10フレーズ。ラヴェルと同じくらいか、、

ビゼーは計18フレーズ。ただし内訳は交響曲と「アルルの女」第1&第2組曲と歌劇「カルメン」の4作品のみ。

メンデルスゾーンは計19フレーズ。イタリア交響曲 真夏の夜の夢 ヴァイオリン協奏曲 無言歌など。

以上4回にわたってザッと見てきたが、このあたりの曲が入っているのは妥当かな、この曲が入ってないのは変だな、この曲は要らないのでは、など、人によって視点はさまざまだろう。

自分ならどういう風に選んでいくかということを考えながら眺めてみるのも一興ではないかと思う。

(雑談)カシオ電子辞書エクスワード搭載の「クラシック名曲1000フレーズ」(3)


EX-word-c

今回はオペラ作曲家を中心に見ていこう。

まずはワーグナーから。

歌劇「さまよえるオランダ人」序曲
歌劇「さまよえるオランダ人」糸紡ぎの合唱
歌劇「タンホイザー」序曲
歌劇「タンホイザー」歌の殿堂をたたえよう
歌劇「タンホイザー」巡礼の合唱
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕の前奏曲
歌劇「ローエングリン」第3幕への前奏曲
歌劇「ローエングリン」婚礼の合唱
楽劇「ラインの黄金」ワルハラ城への神々の入場
楽劇「ワルキューレ」ワルキューレの騎行
楽劇「神々のたそがれ」ジークフリートの葬送行進曲

以上、計11フレーズ。ニーベルングの指輪が全部で僅か3フレーズとは少々意外。

次、ヴェルディ。

歌劇「ナブッコ」ヘブライの捕虜たちの合唱
歌劇「リゴレット」慕わしい人の名は
歌劇「リゴレット」悪魔め鬼め
歌劇「リゴレット」女心の歌
歌劇「トロヴァトーレ」アンヴィル・コーラス
歌劇「トロヴァトーレ」きみのほほえみ
歌劇「トロヴァトーレ」見よ恐ろしい炎を
歌劇「トロヴァトーレ」恋はばら色の翼に乗って
歌劇「椿姫」乾杯の歌
歌劇「椿姫」ああ、そはかの人か
歌劇「椿姫」プロヴァンスの海と陸
歌劇「運命の力」序曲
歌劇「運命の力」神よ平和を与えたまえ
歌劇「アイーダ」清きアイーダ
歌劇「アイーダ」勝ちて帰れ
歌劇「アイーダ」凱旋行進曲
歌劇「オテロ」喜びの炎よ
歌劇「オテロ」柳の歌
レクイエム ディエス・イレ

以上、計19フレーズ。順当かな。

次はプッチーニ。

歌劇「マノンレスコー」華やかに着飾っても
歌劇「ラ・ボエーム」冷たい手を
歌劇「ラ・ボエーム」わたしの名はミミ
歌劇「ラ・ボエーム」ムゼッタのワルツ
歌劇「トスカ」歌に生き恋に生き
歌劇「トスカ」星はきらめき
歌劇「蝶々夫人」広い世界を
歌劇「蝶々夫人」愛の二重唱「夕暮れは迫り」
歌劇「蝶々夫人」ある晴れた日に
歌劇「蝶々夫人」ハミング・コーラス
歌劇「トゥーランドット」お聞きください
歌劇「トゥーランドット」泣くなリュー
歌劇「トゥーランドット」この御殿の中で
歌劇「トゥーランドット」だれも寝てはならぬ
歌劇「トゥーランドット」氷のような姫君の心も

以上、計15フレーズ。とりあえず5大オペラから万遍なく。

次、ロッシーニ。

歌劇「セビリャの理髪師」序曲
歌劇「セビリャの理髪師」空はほほえみ
歌劇「セビリャの理髪師」私は町のなんでも屋
歌劇「セビリャの理髪師」今の歌声は
歌劇「セビリャの理髪師」わたしのような医者に向かって
歌劇「セビリャの理髪師」愛はとこしえに
歌劇「泥棒かささぎ」序曲
歌劇「ウィリアム・テル」序曲

以上、計8フレーズ。こんなものかなぁ、、

ドニゼッティは?

歌劇「愛の妙薬」 人知れぬ涙
歌劇「ランメルモールのルチア」 狂乱の場

以上、計2フレーズ。むむ、、

ベッリーニは?

歌劇「ノルマ」 清らかな女神よ

以上、1フレーズ。むむむ、、

リヒャルト・シュトラウスは?

交響詩「ドンファン」
交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」
交響詩「英雄の生涯」

以上、計4フレーズ。ってオペラ作品は、、??

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